2015年9月24日 (木)

石井髙さん。

ミラノに住んでいた頃、大好きでよく通ったクレモナの街。

そのクレモナの、大好きな大好きなお友達の石井髙さんが

先日逝去されたとの知らせが突然舞い込みました。

私なんぞが「お友達」と呼ばせていただくなんておこがましい、
 
素晴らしい、バイオリン作りのマエストロ。
 
なのに気さくな方で、私のことを「お友達」と仰ってくれるので
 
私もずっと石井先生のことは「大好きなお友達」と
 
あつかましくも思わせていただいております。
 
 
 
出会いは2008年だったと思います。
 
まだ7年ほどのお付き合いだったんですね。
 
ずーっと前からお友達だったような気がしていました。
 
 
 
 
最後にお会いしたのは昨年の夏。
 
お仕事で日本に滞在中とのことでお電話をいただきました。
 
我が家から徒歩圏内のホテルに泊まっている、とのこと。
 
住んでいる街まで覚えててくださったことが嬉しくて。
 
庶民的な、商店街の中華の店で一緒にごはん食べましたね。
 
生まれてまもないお孫さんの写真を嬉しそうに見せてくださって。
 
 
 
 
70歳を越えても、少年のような目で、夢を語る方でした。
 
本当に本当に大好きでした。
 
また会える、と信じていました。
 
 
 
 
イタリアに住んで45年にもなるのに、日本人らしさを
 
ずっと持ちつづけているところも大好きでした。
 
日本の日本人よりずっと日本人らしいけれど、
 
奥様を愛し、尊敬する気持ちが常に表に溢れているところは
 
イタリア人以上だったり。
 
 
 
 
突然すぎてまだ感情の整理がつかないのですが、
 
石井先生の思い出をちりばめたこのブログに、
 
先生への感謝の思いを、と。
 
 
 
 
天国でもきっとゆっくりなんてせずに忙しく、
 
夢を追いかけていかれるのでしょう。
 
石井先生と出会えたことに感謝します。
 
ずっとお友達でいつづけてくださったことに感謝します。
 
素晴らしい人生を見せてくださったことに感謝し、
 
そんなあなたの友人として恥じないよう、
 
私も自分らしく生きていきます。
 
先生も天国から、ご家族に愛を送り、見守っていてくださいね。
 
 
 
 
またいつか会いましょうね。
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
masami

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2013年6月29日 (土)

2013年夏、東京にて。 

2ヶ月も抱え込んでいた旅行ネタも書き終え、

主にミラノでの生活や、そのイタリア生活に入るまでの

とてつもなく大変だった手続きに関する愚痴をつらつらと

書き綴ってきたこのブログの今後をどうするか、

ちょっと考えてみました。


と、その前に、最近のお楽しみ。

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手芸店大好き。

さほど器用にいろいろ作れるわけではないのですが、

昔から手芸店によく出入りしていろいろ物色するのが好き。

ミラノでもほんとよく手芸店を見に行きました。

今はまだ仮住まいで、最小限の裁縫道具しか手元になく、

なにかを作る、とかいう感じではないのですが、

以前から噂には聞いてて、一度は行ってみなきゃ、と

切望していた日暮里の繊維街。

たまたま日暮里に、独りで出向く用があり、

(手芸店には独りで行くほうがテンションあがります)

夢の繊維街めぐりが実現。

あー、パラダイスです。

まだミラノからの船便も届いてなく、住居も定まってないし、

これからは専業主婦ってわけにもいかないので、

目的を持って手芸屋さんを訪れる日がいつになるかは

さっぱりわかりませんが、あー、絶対ここに通いますよ。

通いやすい場所に住みたいよ(笑)

と、繊維街マップを広げては新生活を妄想。

 
 
 

さて、話を戻します。

こんな日々の楽しみや妄想を今後も書き綴りたいのは

やまやまなのですが、「ミラノぷくぷくキッチン」的じゃないし、

いや、そもそもミラノに関係ない話もいっぱい書いたけど、

イタリアに、ミラノに関係あるネタだと思ってこのブログを

見にきてくださる方が多い中、え?日暮里の話?てことです。

なので、このブログは一旦、このままドロン、っていうか、

記事は私のかけがえのない思い出だし、記録なので、

このまま残すけど、更新はしないよ、みたいなことにして、

そのうちまた私の新生活が軌道にのって、ブログ書く余裕や

書きたいネタがたまってきたら、そのときは新たに、別に、

ブログをはじめる方がいいんじゃないかなー、と思いました。

 
 
 

今回、イタリアを引き揚げて日本に帰ってきたことは、

私たち夫婦にとっては人生の大きなターニングポイント。

これからどうなるか、自分でも想像できない部分はあるけど、

それが楽しみでワクワクしたりもします。

ブログの切り替え時としてはいいタイミングです。

このブログを、こんなブログを読んでくださって、

声をかけてくださった皆様、ありがとうございました。

すぐには新しいブログは始めないだろうけど、

書きたがりの性分なので、きっとまた書きます。

私のこの転機を「よかったね」と言ってもらえるような

次のステージに上がれますように、前進するのみです。


2013年夏、東京にて、感謝をこめて。

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2013年6月22日 (土)

ウクライナの旅(最終日4日目)

で、VIP仕様じゃない普通の夜行バスで首都キエフに。

3泊4日のウクライナ、うち2泊はバス、って。

いや、今回の旅もみなさんは真似しないほうがいいですよ。

ええ、もうキエフ到着時はぐったりでした。

しかも到着時間が朝5時前。

またあの殺風景な、無機質な、やたらでかいビルの建つ、

バスターミナルから地下鉄駅まで、早朝は更に殺風景。

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で、嫌な予感はしてたけど、地下鉄の駅に着いてみると・・・

ああ、やっぱり。

改札前で、始発を待ってる夜行バス到着組の皆さんが。

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4月の早朝って寒いんです。

写真ではいい感じの駅になっちゃってるけど、薄暗くてね。

おそろしく静かで、ガラーンと広くて、何もない。

ここで1時間ほど、ただただ立ち尽くして始発を待ちました。

  

 

あー、始発。
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そういえば、キエフの地下鉄で便利だな、と思ったのが、

各駅に番号がついていたこと。
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(駅の看板・・上段ウクライナ語、下段英語)

乗る前にこの看板で、乗車駅と降車駅の番号を確認。

これで停車駅ごとに駅の番号を気にしてれば、

文字が読めなくっても、アナウンスが聞き取れなくても安心。

 
 
 

ああ、これが噂の、「おそろしく長く、おそろしく高速」な、

キエフの地下鉄のエスカレーター。

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前のお姉さんは大急ぎで駆け上がっていきましたが、

この長さ、この速さ、この傾斜では、さすがに我々よそ者は

絶対に走ったり、いや、歩くことすらありえないと思えるレベル。

 
 

で、キエフの鉄道駅に来ました。

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鉄道でどこかに行くため、というわけではないのですが、

この日、ミラノに戻るので、空港行きのバスを確認するために、

一度駅にやってきたわけなんですよね。

空港行きのバスの乗り場と、お値段ね。

バスの料金だけ残して、現地通貨を滞在中に使っちゃいたいし。

じゃあまず確認して、時間もお金も有効に使おう、っていう。

 
 
 

で、バス乗り場はどこ??

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バス停はいっぱいあるんです。

でも、空港行きはいったいどこだろう。

きっと空港行きって、わかりやすく表示されてるはず・・・

え?コレ??

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いやいやいや、確かに駅舎出てすぐのド正面だけどさ。

これなの??国際空港行きシャトルバスが??

一応呼び込みをしてる係員に尋ねると、間違いないらしい。

金額は40UAH(約450円)だとか。

うーん、思ったよりショボいバスだけど、安い。

まあコレならコレでいいじゃないか、と心を開放。


 
 

そして駅前でちょっとコーヒー休憩することに。

マクドナルドはすっごい混雑だったので、隣の店へ。

その名も「Mc Foxy」。

マックはマックでも、隣と比べると超ガラガラ!!

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いやー、ここでも早朝から大変でした。

やっぱりね、店員さんが英語全然できないんです。

なので、超シンプルに分かりやすく「coffee」ってだけ言って、

オーダーしたんですよね。

すると、なにか質問がウクライナ語で返ってきました。

わからん、わからんよ全然。

と、表情で示したら、メニュー指差してきます。

どうやら「ソースはどれにしますか?」と言ってる様子。

はあ?コーヒーにソース?要らないよ、と断ると、

ウクライナ語で再びオーダーを確認され、再び、

「ソースは?」と指差しで聞いてきます。

え?コーヒーを注文したらソースを選ぶのが常識なの?

と戸惑ってると、居合わせた英語のできるお客さんが

「彼はポテトのソースを尋ねてる」と教えてくれました。

ポテトじゃないよ、コーヒー注文したんだよー、

と、そのお客さん通して伝えてもらいましたが、

その人が居合わせなかったら、延々コーヒーに合うソースに

頭を悩ませていたかもしれません・・・。



朝のコーヒー休憩も終わり、キエフの街散歩へ。

Mac Foxyで朝食まで注文するのはかなり困難と判断し、

散歩しながら美味しそうなものを探そう、と。

ヨーグルトを数種類買って食べたり、

お連れさんは初日から気になってたこのお店へ。

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クレープ屋さんなんですけどね、具はおかずでした。

お連れさんが気になってたのがこちらのクレープ。

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イクラ!!

生のイクラが、イクラだけが巻かれてます!

35UAH(約400円)とか、すごい。

クレープにイクラとか、想像できないんですけど、

なかなか美味しかったらしいんです。

とはいえ、日本じゃもったいなくて絶対しないよね。

私は、朝のパン屋さんの香りにノックアウトで、

パンをいくつか買ってみました。



 

キエフにだって、なかなか気合入った車がまだ現役なんだな。
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あー、ウクライナっぽい可愛い看板だ。
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買い食いしながらブラブラしてるといい時間になったので、

そろそろ駅に戻ろうかー、と再び駅を目指します。

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予定よりちょっと早目ですが駅に向かいます。

余裕を持って行動しないとね。

(前回はナポリで列車を逃すという痛恨のミスをしたし。)

で、朝と同じショボい空港行きのバスに・・・乗りました。

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で、このバス(というか、バスじゃなくてバンだし・・・)、

発車時間はどうやら決まっておらず、満席になったら出発、

ということになっているらしい。

満席になるまでとにかく待つ、待つ、待つ。

30分くらい待ってたんじゃないのー?っていう感じで、

早めに駅に戻ってよかったね、ってことでした。

 
 

ボルィースピリ国際空港。

ウクライナのUTairの機材、柄が民族衣装みたいでイイ!

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で、フランクフルトで乗り継いでミラノに。

フランクフルトでマヨネーズを没収される、という事件に、

大変落胆しつつ(マヨネーズは常に旅のお供です。)、

ミラノ行きの小さなプロペラ機に搭乗。
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マヨネーズはね、ほら、旅してると野菜不足になるでしょ。

マヨネーズ持ってると、途中できゅうりとか買ったりして、

野菜まるかじりとかして野菜を補えるんです。

あと、私のようにバターやマーガリンやチーズが苦手で、

朝食のパンをどうやって食べようか、って場合にも必需品。

大抵の空港ではセキュリティを問題なく通れるんですが、

やっぱりカッチリキッチリのドイツではダメでした。

「マヨネーズは液体と同じ仲間」と怖いおばちゃん職員に

威嚇され、嘆願したけど、むなしく撃破されましたね(泣)。

ドイツばいばい、マヨネーズばいばい。

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と、ウクライナ旅行はまさかのマヨネーズ没収ネタで終わり、

旅の余韻よりもマヨネーズへの未練を感じつつ帰宅しました。

まったく未知だったウクライナ、言葉で苦労したウクライナ、

余韻を噛み締められるようになったのは日本に帰国して、

日本の美味しいマヨネーズが日常的に手元にある状態に

なってから・・・というのは冗談ですが。

 

 

改めて、昔好きだったウクライナのスケート選手を調べたり。

この人、ヴィクトール・ペトレンコ。

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あれ?ハリセンボンのはるかちゃんに似てるかも? 

この方、オデッサ出身だったんですねー。

現役時代はオデッサなんて地名も知らなかったし、

ウクライナに将来行けるとか考えたこともなかったので、

オデッサ出身って改めて知って、なんかやっぱり嬉しいな。


 
 

で、一番好きだったアイスダンスのペアのふたり。

マリナ・クリモナとセルゲイ・ポノマレンコ。
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てっきりウクライナ人ペアだと思い込んでましたがロシア人でした。

ソ連時代から好きでよく見てたペアだったことと、

ソ連崩壊後に好きになったウクライナ人のペトレンコ選手の国名が

頭の中でごっちゃになってたんでしょうね。

いやー、ずっとウクライナ人ペアだと思い込んでました。

今更ながら真実を知れてよかった。

 
 
 

英語が通じなくて大変、とか何度も書いてしまいましたが、

でも、ソ連時代を経て、今再びウクライナ語が公用語として

使われている、っていうことってすごいことだな、と思います。

きっと英語が通じて楽してたら、ウクライナ語とかロシア語とか、

そういう細かいこと気にかけず見過ごしてたかもしれません。

オデッサがいまだロシア語中心だったことから見て、

おそらくまだウクライナ語が取り戻せない地区が多いのだと

思われますが、いつか全土がウクライナ語中心に戻るといいな。

すごく大変なことだと思いますが。

短い滞在でしたが素敵な国、楽しい旅行でした。



 
 



  
 

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2013年6月17日 (月)

ウクライナの旅(3日目)

夜行バスは早朝オデッサのバスターミナルに到着。

さすがVIPバス、乗り心地良くて、到着直前まで爆睡。

(けっこうなデコボコ道路で、そこそこ揺れてたとか・・)

 
 

オデッサのバスターミナル。

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言葉通じないし、字も読めないので、万が一用のこの写真。

と、いうか、もう早速どうすればいいかわからない早朝。

この周辺、特に何もないし、街中心から離れてるっぽい。

使えそうな公共交通機関は路線バスとトラム。

が、路線を示す地図もないし、行き先表示が読めない。

ガイドブックも持ってなくて(←無謀)、唯一の頼りは

ネットからDLしてプリントした英語表記の地図だけ。

あー・・・どっちの方向に行けば??

目的地まではいったいどれくらいの距離?

っていうか、ここはどの辺なの??

早朝のため(6時前)、ターミナルに職員の姿なし。

バス停前で唯一営業しているキオスクで尋ねることに。

地図を指差し、渾身のジェスチャーで現在地と、

目的地へのベストな行き方を尋ねてみる。

すると、とにかく向かいのバス停からバスに乗って、

これ(キオスクのおばさんが何かを紙に書いてくれた)を

運転士に指差して、降りるタイミングを教えてもらって、と。

ありがとう、おばさん、言われた通りにやってみます。

 
 

で、向かいのバス停にオンボロのミニバスが来たので、

運転士さんに紙を見せ、またもや渾身ジェスチャーで確認。

降りるタイミングは運転士さんがちゃんと教えてくれました。

支払いは降りるときで、ひとり2.5UAH(約30円)。

しかし、そこは街の中心ではないようで。

降り際に運転士さんが同じ場所で降りる女性にどうやら

「彼らに市街地行きのトラム乗り場を教えてやってくれ」

と頼んでくれていた様子。

なるほど、キオスクのおばちゃんのメモにはきっと、

「市街地行きのトラムに乗り換えるところ」とか

そんなことが書いてあったに違いない。

あー、なんか親切だなー、よかったなー。

 
 
 

手元の地図でそのトラム乗り場を確認すると、

単純にまっすぐその道を進めば市街地に行けそうだし、

ともかく早朝なので時間はたっぷりあるし、で

トラムに乗らずに市街地まで歩いてみることにしました。

 

 

早朝の、静まり返った通り沿いを歩きます。
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ときどき通り名を確認するけど、やっぱ読めないし照合不可能。
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2段に表記が分かれてますが、おそらく1つがウクライナ語で

もう1つがロシア語なんだと思います。

ウクライナの現在の公用語はウクライナ語で、首都キエフでは

すっかりウクライナ語社会になっていたようですが、

オデッサではまだロシア語がメインで使われるらしく。

確かに、ロシア語の聞いたことある単語、「スパシーバ」や

「ハラショー」がオデッサでは度々聞こえてました。

 
 

さて、市街地に向けての早朝の散歩。

地方都市の、街外れはなかなかパンチが効いていました。

 
 

コントに出てきそうな気合の入った車だとか、
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ハンパない寂れ感出てるアパートたちとか、
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野良犬たちのパラダイスと化したゴミ置き場とか。
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こういうの見てると、市街地って本当にちゃんと街なんだろうか、

とか、不安にすらなってきますよね。

実はオデッサがどれくらいの規模の、どんな感じの街なのか、

そういう基本情報、全く知らずに訪れてしまっていたんです。 

え?なんで??って感じで呆れますよね。

 
 

私が事前に得ていたオデッサ知識は実はこれだけ。
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1925年のサイレント映画「戦艦ポチョムキン」。

タイトルは以前ミラノの映画館のイベント看板で見かけて

それがたまたま日本語で「戦艦ポチョムキン」って書かれてて、

「え?なになに?昔の日本の喜劇映画?」と思ったことがあり、

なとなく覚えていたんですよね。

旅行前にyoutubeで見ることができて(著作権切れてるので、

本編を無料でyoutubeで見ることができる名作の1つです)、

あー、喜劇じゃなかったんだ、ソ連の真面目な映画だったんだ、

と知るに至ったわけなのです。

この映画には「オデッサの階段」という超有名シーンがあり、

映画関係者の中ではオデッサは「聖地」なんだとか。

なので、階段以外に何があるのか、現在どういう街なのか、

全く知らずにオデッサまで来てしまったという・・・。

 
 
 

想像を巡らせながら、ずいぶんと歩いたところで、

美しい建物もあることがわかり、ちょっと安心。

けっこう市街地に近づいた、と思っていいのかな。

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もうちょっと歩いたら、観光用のポスターなんかもあり。
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ああ、街並みもかなりキレイになってきましたね。 

この辺から地図と現在地の照合がほぼできてきて、

最大の目的である「オデッサの階段」に向けて進みます。 

 
 

いい具合に太陽も昇ってきて明るさも増してきました。
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このとき4月末だったので、朝晩すごく寒かったんですよ。 

まさに恵の太陽。早く暖かくな~れ!

 
 

オデッサの国立歌劇場。
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ここに来ると、周囲の様子が一変。

整備された公園のような風景の中を歩きます。

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地図によると、この先あとちょっとのところに階段があるはず!

  

 

きたーーーー!

大階段と、その向こうに港!
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そうそう、この階段ですよ。
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「戦艦ポチョムキン」の階段の超有名シーンっていうのが
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階段で戦艦ポチョムキンを見送るオデッサ市民たちの背後から

コサック兵が発砲しながらずんずん攻め降りてくるシーン。

残酷なこの場面で描かれたベビーカーの映像が印象的。

母親が撃たれ、その手を離れたベビーカーが転がっていきます。

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Potemkinstepsjpg2

周囲と、恐怖に満ちた人の顔と、落ちていくベビーカーを

順に何度も切り替えながらドキドキハラハラを煽る手法で、

(自己解釈のため、専門の方、違ってたらすみません・・・)

現在まで様々な大作でオマージュされてきたシーンなんだそう。

 
 
 

そんなわけで、このシーン由来の聖地を訪れた人々は、

ベビーカーになぞらえて「落とす、転がす」をここでどうしても

やりたがるらしいので・・・・えいっ!

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※注:これ実際には蹴落としたりはしてません。

シャッター切れるまで、脚プルプルさせながら静止してます。


 

と、最大の目的地であった聖地を朝飯前に訪れたので、

いい加減お腹ペコペコですよ。

近くのカフェにひとまず落ち着きましょう。
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マフィンとか朝ごはんぽいものもあったけど、

あー、やっぱり疲れを癒すにはコレだよね、と、朝ケーキ。
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けっこう大きくてどっしりしたケーキだったので、大満足。

早朝から歩いて疲れたこともあって、ここで1時間半くらい、

すっかりくつろがせていただきました。 

お店を出る頃には外もかなり暖かくなっており、お散歩再開。 

 
 
 

あー、オデッサもやっぱり移動コーヒースタンドが多いですね。
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さっきは階段だけしか撮ってないから、その先の港に行こう!

と、本日2度目の階段。
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朝9時半くらいなので、けっこう人も多くなりました。

  
 

おー、昔の階段の写真ですね、これは。
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正面ちょっと高いところから階段の全景を改めて。
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映画の中では階段はすぐ港だったような気がします。

今は階段の下は車の行き交うバイパスになってて、

さらにぐーんと突き出した部分の先に港があるのですが。

ウィキペディアに1850年ごろの港の絵が。あー、こんな感じ。

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で、現在の港・・・ぐーんと突き出た先のベンチでゆっくり、

海を眺めながらしばらく休憩していました。
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船を見送る母子像、なんだかいい感じ。

 
 

十分休憩できたので、街も見てみましょう。

 
 

オデッサのマンホール。

港町らしく、碇の模様。
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観光客の多い、お洒落な通りに出てきました。
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朝、歩いてきた寂れたエリアと徒歩10分ほどの場所とは

とても思えないくらいのお洒落ストリートに不思議な気分。

 
 

キレイな公園もあり。
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こんな人も歩いていたり。
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このブロンズの椅子、どういう由来があるのか知らないけど、

オデッサのシンボルのひとつらしく、お土産品のデザインに

よく用いられていました。 

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ここで記念撮影なんだか、モデル気分撮影なんだか、

いろんなポーズを取りながら、延々独占して撮影してる

女の子たちグループもいましたし。
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最終的にはセクシーポーズとかも飛び出して、

見ててちょっと恥ずかしくなる感じ(苦笑)。

 
 

私はこっちの像と一緒に写りたいなー。
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これはいったい・・・?
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夜中に外で演奏してる人なんかがいるんでしょうかね。 

 
 

で、そろそろお昼を食べようか~?という感じ。

やはりまたウクライナ料理のお店に行きたいよね、と。
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フォークっぽい雰囲気で、店員さんも民族衣装っていう店。

テーブルセットも雰囲気あります。
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私はもちろんここでもボルシチ!
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昨夜食べたものとはまた全然違う!

ボルシチっていろんなレシピがあるそうで、なるほどなるほど。

ここのは酸味がよく効いてて、個人的には大好きな味。

 
 
 

お連れさんはソリャンカという別のスープ。
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こってり系で、肉の味が濃いスープでした。

 
 

そしてまたまた昨夜に引き続きドハマりのヴァレーヌィク。
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これはなんていう名前だろう?ジャガイモ&マッシュルーム。
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オデッサの観光名所やモニュメントはなんとなく見終え、

食後もまた公園周辺をぶらぶらしてたんですけどね、

そういえば各所で見かけた灯台のポスターや看板。

その灯台ってどこにあるんだっけ??

さっき港で見えてたっけ??

という話になって、再び港へ戻ることに。

これがその問題の「灯台の看板」。

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こういう昔の灯台バージョンもありました。

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あー、確かに確かに、目線の先には灯台が!

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これ以上近づけないけど、なんとなく満足。

港も、階段もこれで見納めでいいでしょう。

と、本日3度目の大階段を後にしました。

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この階段の近くの広場にあった像のもとに、こんな案内が。

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いやー、オデッサもキエフ同様に英語が通じないし、

こういう観光案内板も全然見かけなかったし、

あー、フリーツアーはやってましたが、そのインフォ自体を

得ることが困難だったので、こういう案内看板見ると嬉しい。

しかも~、日本語もあるじゃないかー!

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ついでに観光案内所を探すのに苦労した話を。

外国人向けであろう、民族色強いレストランでウェイターに

「英語話せますか?尋ねたいことがあるんだけど。」

と話しかけると、

「ちょっとなら話せるけど、チップくれないんなら話さない。」

と、驚愕の返事とともに去って行きやがりました。

はあぁぁ??でしょ。

なので近くの旅行代理店に駆け込み、英語話せる人に

「観光案内所の場所を教えていただけますか?」

とすがったら、笑顔で教えてくれました。ホッ。

あの市街地の、ブロンズの椅子なんかがある公園の中に

あまり目立たないけど観光案内所が確かにありました。

彦摩呂似のよく喋るおっちゃんがいました(笑)

おかげで、知りたいインフォも仕入れ、オデッサでゆっくりと

街歩きを楽しめましたよ。

 

さ、そろそろ夕方。

少しずつ、バスターミナル方面に近づきつつ歩きましょう。

 

オデッサの鉄道駅。

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駅横にはマーケットが広がっていました。

時間的にあまり活気はなかったので、スルー。

夕方のこういう街並みの景色、けっこう好きです。

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途中、小さな公園のベンチで休憩。

なんかね、ベンチがツヤツヤだったので、気にはなって、

座る前に一応、手で触って確認したんですよね。

まあ、特に問題ない、と判断して座ったのに、

10分ほど座った後に立ち上がったら、お尻にペンキが!!

しかも黄色だし!!

あー、コントみたい。なにこれ?

で、どこかゆっくり落ち着けそうで、水の使えそうな場所へ。

 

 

で、怪しげな内装の、ピッツェリア。

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イタリアからわざわざオデッサまで来てピッツェリア?

しかし他に客はおらず、洗面所も綺麗で使いやすく、

店の人も全く干渉してこない、洗濯にはもってこいの店。

ここであらゆる持ち物を使って、ペンキ落とし。

1時間くらいはゴシゴシやってたのかなあ。

いい思い出です。

おかげでとっぷり日は暮れて、バスターミナルにそろそろ

向かってもいいかな、という時間に。

トラムでバスターミナルに向かいました。

オデッサのトラムは、中に車掌さんがいて、集金にきます。

3UAH(35円)くらいだったかな。

 

オデッサのバスターミナル。

あー、ここもなんだか薄暗くって、怪しい人がいっぱい。

字も読めないし、ちょっと怖い。

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キエフ~オデッサ間って、いろんなバス会社の便がけっこう

いっぱいあるみたいで、常に呼び込みのおじさんが

「キエフ~!キエフ~!!」

と叫んでいます。

戻りはVIPバスじゃなくて、普通の長距離バスだし、

ターミナルに怪し気な人が多すぎて、もういろいろ不安。

(VIPバスは深夜1時発とかしかなかったので・・・)

もう一刻も早く、このターミナルを去りたい、と思いましたね。 

一人旅だったら泣いてるな、たぶん。

 

待合所の雰囲気に耐え切れず、外でバスを待ってみたり。

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このあと無事、バスに乗り込み、

2夜連続の夜行バス旅って無茶するなー、とか考えつつ、

疲れでまたしても大爆睡したのでした。

(繊細なお連れさんはよく眠れなかったようですが)

 

 

さ、キエフに戻ってもうひとがんばり、楽しむぞー。

(ヘロヘロ状態なんですけどね)

 

 

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