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2006年3月29日 (水)

ダイエット2週間経過

週に1度の経過報告です。

    

      開始時     先週     今回
体重   47.0kg         46.6kg       45.8kg
体脂肪  26.6%     25.0%    23.0%


なかなか結果がでているんじゃないの~?
最近は就寝前の腹筋も慣れてきた。
すこし、お腹が筋肉になったような気がする。
だけど・・・相変わらずお腹は出ているし
贅肉がつまめる・・・いや、つかめる。

昨日のダンナさんの夕飯、すごいヘルシーメニュー。
豆腐に大根おろし・オクラ・納豆・わかめ・ねぎ・のりをトッピングした「ねばやっこ」(私が勝手に命名)。野菜たっぷり、美味しいミネストローネ。そしてお馴染み、コールスローサラダ。
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こういう夕食を食べていたら、きっとわたしももっとダイエットが順調にすすむんだろうな・・・・。やっぱり、細身の人の食生活を見習わなくては・・・と最近すごーく感じている。
ダンナさんが細すぎると、横にいる私は実際以上に丸く見えてしまう。

今夜はダンナさんはお友達と外食の予定。今夜はうんとこってり料理をたらふく食べて、少し私のお腹に近づいてくれればいいのに・・・。

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2006年3月28日 (火)

バムセ

まだ私がやっと自分で絵本ではない本を読めるようになった頃、1番のお気に入りの本は「ロッタちゃんのひっこし」だった。
ちょっとわがままで、意地っ張りで、かんしゃくもちだけど、本当は寂しがりやで甘えん坊の小さな女の子ロッタちゃんのお話。

当時ひとりっこだった私は兄と姉がいる末っ子のロッタちゃんが羨ましかったし、かんしゃくをおこして、お隣のおばさんの家の2階にひっこしてしまい、自分の好きなように部屋を模様替えしながら、自分のお城に仕立て上げちゃうなんて、平凡な子供の私にはとうていできない行動力。
自分と似ている部分とかなわない部分を併せ持つロッタちゃんは私の憧れだった。
転勤族の家庭ゆえに、古い本などを引越の度に処分していったけれど、この本だけは捨てられなかった。

20060328_2357_000このロッタちゃんといつも一緒なのがブタのぬいぐるみのバムセ。ロッタちゃんが3才のお誕生日にもらったのだとか。末っ子のロッタちゃんにまるで妹か弟のように溺愛されている。
当時の私はブタのぬいぐるみを持ってはいなかったけれど、自分にもバムセがいたら、ひとりっこでも寂しくないのに、といつも思っていた。
だからかな・・・・、6~7年も前だと思うけど、ぬいぐるみを自分で購入なんて滅多にしない私がなぜかブタのぬいぐるみを衝動買い。いつもバッグにしのばせていた。ストレスや悩みをそのブタちゃんにだけ話すことで、日常のいろんなことを乗り越えていた気がする。
残念ながら、バッグごと3年前にローマでさらわれてしまった。おかしいかもしれないけれど、真剣に「バッグも財布もいらないから、ブタちゃんだけは戻ってきて」と思ったりしたけどね~、それっきり・・・・泣いた。いや、ホントに。

今から2ヶ月くらい前、夫が「そういえば、実家の僕の部屋にバムセがいるんだ。」と言う。すぐに実家のお姑さんに連絡し、バムセを探してもらって、帰国した日に私が引き取った。これは正真正銘ロッタちゃんのバムセとして商標登録されているぬいぐるみ。

20060328_2356_000_1なんだかね、いい歳した大人が・・・・、って笑われるかもしれないんだけど、子供時代の憧れのバムセと、今こうして一緒にいることが嬉しくて、なんだか会うべくして会った運命のような気がする。ローマでさらわれちゃったブタちゃんとは違うブタだけど、「そうだ、私がもともと欲しかったのはバムセだったんだ」ってことを思い出した。

男ながらに実家に大切にバムセを置いている珍しい人と、そうとは知らずに結婚した、というのもなんだか面白い。

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2006年3月27日 (月)

人助け、そして迷子

暖かくなったので、久々に街を歩いてきた。
街へ行くといろいろ事件が起こる。

①目の前のエスカレーターからおじいちゃんが降ってきた事件
駅前のエスカレーターを昇ろうとしたら上からおじいちゃんが転落。
慌てて駆け寄ると、おじいちゃん頭が血だらけ。
タオルで血を押さえる私や119番をする若い女性と他やじうま。
意識もあったので大丈夫だと思うけど・・・・びっくりした。

②ここはどこ?事件
それからバスに乗った。
バスに乗ってメル友(おしゅうとさん)にメールしたりして、
気付くと見知らぬ町の畑の中を走っていた。
降りるにしてもこの田舎じゃバスは1時間に1本程度だろう・・・と
ちょっと商店などが見えるところまで乗り続けた。
それから自分が今どこにいるのか、一生懸命に手がかりを探した。

やっぱり外にでかけないと、何も始まらない、ってことね。
暖かくて気持ちのいい気候だし、どんどん出かけよう、とつくづく思った。

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2006年3月26日 (日)

温和な私としても・・・・

何もせず、ただ承認や翻訳などを依頼中の書類がイタリアに飛び、家族呼び寄せ許可書が手に入るまでをぼんやり待つのはもったいない。
私が直接関わる手続きは最終的に渡航が決まってからなのだから。
イタリアでは法律上、就労できないだろうし、少しでも収入を、と思えば・・・今、働くしかない。日本にいなくても毎年国民年金保険料は口座から引き落とされていくんだし、日本の銀行口座には多少なりとも余裕を持たせておきたい。

2週間前、実家に戻る途中に入手した求人誌で春の短期アルバイトを探し、13日(月)にはすぐに履歴書持って面接に出かけた。全国的に名の知れた、いわゆる大手の企業のアルバイト。

「週5~6日までは無理ですが・・・まあ頻度としては週3~4日、となるでしょう。あなたは応募が遅かったですし。こちらも十分な人手をすでにキープしていますから。明日・明後日の出勤はありませんが、それ以降についてはこちらからシフトをご連絡します。」

ちょっと曖昧で失礼な面接と同時に通帳のコピーを求められ、アルバイト契約書などの書類に氏名を記入させられた。捺印はしなかったけど。

で、結局1週間経っても、10日経っても、そこから連絡はなかった。人手が足りてるんだろうけれど、こちらも馬鹿にされてるようで好い気はしない。この企業には呆れを感じて、他のバイト先を探すことにした。

その矢先、今日、先のバイト先から電話があった。
「まだバイトできますか?」開口一番、そりゃ失礼な言い方なんじゃない?次のバイトは決まってないけど、こちらにもプライドがある。迷わずお断りをした。かなり切羽詰まった感じの申し訳なさそうな声で「もし、うちでやってもらえる状況になったら電話いただけますか?」だって。虫が良すぎる。おそらく同じような扱いを受けたアルバイト候補が何人もいるんだろうね。何人かに断られて、さすがに焦ってる、ってことなんだろう。

たまたま先日会った求職中の友人も、応募先の企業からなんどとなく放置されて呆れた、という話をしてた。

今の世の中、雇われる側は弱い立場。2週間前の面接官の横柄な雰囲気を思い出して、「次のバイトがすぐに決まらなくても、ここには電話してすがったりしない」と決心した。
まあ、先方から見れば、お気楽な主婦のパートなんだろうし、って思われてるんだろうけど。雇う側にも最低限のモラルがあっていいんじゃない?

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2006年3月24日 (金)

卓球ダイエット

朝起きて、ミクシィで友人の日記を見たら温泉の話題。
その日記への書き込みの中にこんなサイトが貼り付けられてた。
温泉卓球選手権
ついついクリック。

卓球ゲームなんだけど、難しいんだな、これが。
主人公(自分)が19歳で高校時代卓球部だった、という女の子と浴衣で卓球の試合をする、というゲームなんだけど。思うに、彼女はそう強いわけではないと思う。ただ、主人公よ、オマエは弱すぎる!!

ムキになって主人公を鍛えるべく何度も試合を挑み続ける。
外出しようとしてたものの、予定を放ってラケットを振らせる私。
小学校の時に卓球クラブに入ってたけど、試合に勝ったことがないので、せめてこの主人公には勝たせてあげたい。

結局いまだに連敗中。でも、卓球に没頭した今日は、おやつ食べるのも忘れてラケット振ってたからね。これもある意味ダイエット!?

てなわけで、1勝をあげるまで、卓球ダイエットは続きます。

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2006年3月23日 (木)

25キロ減の秘密

先日このブログで約半年で25キロ痩せて長与千種似から城咲仁似に大変身した友人のダンナ様のことを書いたら、どうやってそんなに痩せたのかぜひ知りたい!という反響があったため、あらためてその友人に尋ねてみた。

その驚異のダイエット法は以下の通り。
  1.ジャージに着替える(中にナイロン系を着て密封)
  2.腕立て・腹筋・スクワット・などの柔軟。
  3.近所をランニング(2キロくらいから)
  4.長風呂 
  5.食事と酒はいつもの半分くらい

はあ、やっぱりまずは運動ね・・・・。そして長風呂かぁ。
でも、食事とお酒を半分にしちゃって、口寂しくなかったの・・・?

 

  そうそう!お茶飲んでる。
  どこの薬局でもありそうな「めざせマイナス10㌔!」っていう
  女の子の絵がついてるインチキくさいお茶ね!

あるある!あるねぇ、そういうお茶!効くのねぇ・・・・。

  あと、健康センターでサウナにもハマってたね。

なある。でも私はサウナは苦手~。でも、新陳代謝よくなりそうだよね。
体重がどんどん落ちるので体重計に乗るのも楽しかったみたい。

今はこれ以上痩せないようにランニングも食事制限も奥様が禁止してるんだとか。でも、毎日体重計には乗ってるらしい。やっぱり、こまめに体重量るっていうのは重要だよね。奥様の愛情あっての健康だよねぇー。

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2006年3月20日 (月)

水と空気

日本に帰ってきて10日経った。

イタリアの硬い水質と、乾燥しまくった空気とでずっと手はボロボロ。勝手にあちこち切れたりして、ひどい状態で痛くて痛くて、悲しかった。できるかぎりビニール手袋をして家事をしたけれど、やっぱり台所では手袋しちゃうとなにかと不便。

日本の実家に帰ってきて、水仕事は3分の1くらいになり、水も空気も身体になじんだものに戻ったので、すっかり手はきれいになった。
髪も、あんなにバサバサゴワゴワになっていたものが普通に戻った。

まるで自分の手じゃないように荒れてたのがあんなに嫌だったのに、きれいに戻ったことがあんまり嬉しくな~い。
早くミラノに戻って、あの手に戻ろう。
それに・・・そのうち、あの水と空気に私の身体が慣れるかもしれない。

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2006年3月18日 (土)

いつかは、きっと・・・

同年代の友人のお宅にお邪魔した。
帰国直後、一目私を見て「太ったでしょ」とズバッと言った友人。

その彼女のご主人はダイエットに大成功したらしい。
去年の夏、「うちのダンナは長与千種に似てる。」
昨年末「うちのダンナ、痩せて及川光博になった。」
そして今日「うちのダンナ、最近城咲仁に似てるって言われた」

3ヶ月毎に別人に生まれ変わるご主人・・・・すごい。
長与千種→及川光博:とにかく激ヤセ。
及川光博→城咲仁:痩せたあと、メリハリついて磨きがかかった。
長与千種時代にしか会ったことないので勝手に想像する私。
写真がなくてその変貌振りを確認できなかったのが残念。
とにかくトータルで25キロ痩せた、っていうからすごい。
とにかく食事・運動ともに、今の私の100倍は努力した結果・・・だと思う。

わたしも・・・がんばろぅ。

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2006年3月14日 (火)

自分に甘いワタシ・・・

ダイエットするならまず計画をね。

おやつ禁止・・・無理無理。ストレス溜まってドカ喰い→リバウンド。
          おやつ1日1回で我慢、でどうでしょ。甘い?
          ちなみに今日は夕方を食べただけ。

運動する・・・・・うーん、じゃあ寝る前に ちょっとだけ腹筋
          たくさん、だと3日坊主になってしまうから。

ストレッチ・・・・柔軟性がないと脂肪が落ちにくいらしい。
          10代の頃の柔軟性を目指してお風呂上りにストレッチ

1日1回・・・・・あ~、今日は頑張ったなあ、って思えることをする。
          今日は友人と4時間お茶したけど、コーヒーだけで我慢。

20050425_2207_000こんなんじゃ甘いんでしょうが、無理しすぎてもねぇ・・・・。冬なので、油抜きだと肌ガサガサになるしね。適度に息抜きしながらダイエットしてくからね~。なにか楽しいダイエット法があれば教えてくださーい。

←約1年前。すでにちょっとやばい、でも今よりは全然OKなおなか。

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2006年3月13日 (月)

一大決心!ダイエット!

ところで、3ヶ月のイタリア生活で着実に身につけたもの、といえばイタリア語・・・じゃなく、皮下脂肪だったりする~!
最初の1ヶ月くらいは体重計に乗っていたけれど、だんだん恐ろしくなって乗るのをやめていた。お腹のぶよぶよが日増しに分厚くなっていくのを実感しつつ放置してしまっていた。

さて、久々にダンナさんの実家でゆっくり1泊させてもらった翌朝。お義父さんが一言。
「昨日はお腹が出てたけど、今日は出てないように見えるねえ。もしかして今、お腹に力入れてる?」え?やっぱり出てた?

そして昨日、久々に会った友人の第一声「太った?」

そんなわけで昨夜、覚悟を決めて体重計に乗ったわけよ。
「・・・・・・。」
いや、もう絶句。1ヶ月1キロ以上の増、で、トータル4キロ増だね。
日々の炭水化物と糖分(主にパスタとビスケット)と運動不足が原因ね。

実はここ2年くらい、自分のベストの体重を1~2キロ上回ってしまっていた。それにさらに4キロ増えた、となると・・・・そりゃ走れなくなって当然だ。

そんなわけで、ダイエットしようと思います。具体的にはまだ考えてないけれど、イタリアに戻るまでに、自分のベスト体重までのあと5キロ、を無理せずどこまで落とせるか、このブログで経過報告とか反省とかしていこうかな。

へへへ、まずは明日から、ってことで・・・・。

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2006年3月12日 (日)

帰ってきたよ!

やっと九州の実家に戻ってきました!
しかしミラノから日本まで珍道中・・・・。

9日の朝、路面電車の停留所でダンナさんにしばしのお別れをしてミラノ・リナーテ空港へ。まずはチェックインしてスーツケースを預けちゃいましょ、とルフトハンザ航空のチェックインカウンターへ。
ラッキーなことに待ち時間もなくすぐにチェックイン完了。おかげで搭乗までゆっくり時間があるなあ~、空港内を探検しようかなあ~、とまずは空港の隅を目指した。
そうそう、まずこういうゆとりのあるときにトイレに行って、あとゆっくりね。
さて、荷物も身体も身軽になってターミナル内を歩くこと約3分。「朝から大荷物でここまできたけど、スーツケースがないだけでこんなに身軽だなんて♪」と足取りも軽く・・・・ん?んんんっ?
貴重品バッグがないっ!!!!
そう、トイレでバッグを壁のフックに掛けたあと、そのまま出てきてしまった!!!中には航空券搭乗券パスポート財布のほかに、「日本の口座に入れておいて」と頼まれて持たされてる大金が!!!しかもここは泥棒天国のイタリア!!!
トイレに向けて全力疾走。間に合え、間に合え、間に合え~っ。はぁはぁ、ぜぇぜぇ、きつい~、でも急がなきゃっ、急がなきゃぁぁぁぁ~っ!

やっとのことで足をもつれさせながらトイレ前に到着。そこにひとりのおばちゃんが私のバッグを前に掲げながらトイレから出てきた。
「あああ~、それっ、私のですぅ~。」
「あなたの?ああ、よかったわ。」
何語で話したかも記憶にない。とにかくよかった。ああよかった。本当によかった。

もう失敗は許されない。さっさとゲートに行っておとなしく座っていよう、と手荷物検査を受け、警察のオフィスで今回の滞在許可書を提出して出国の手続きをし、あとはゲート前でじっとしていた。

そしてドイツ・フランクフルト空港から成田行きの飛行機に乗った直後、早起きと朝の忘れ物事件の疲れがドッとでたのか熟睡。そして約2時間後にお腹が減って目が覚めた。でも、機内サービスが行われる気配がない。うーん、まだ??とモニターを見ると・・・あれっ?この飛行機、どんどん高度下げてる?しかもフランクフルトに戻ってる?ええ~っ?
そう、その数十分後、再びフランクフルト空港に戻って着陸してしまった。なんでぇ?
仕方なく右隣の席の人に「あのぉ、この飛行機なんでフランクフルトに戻っちゃったんですか?」と尋ねてやっと、機材故障のため戻って修理することになった、と判明。ああ、恥ずかしかった。
ところでこの飛行機、さんざん機内で待たされ、約6時間遅れで無事に成田に飛び立った後、見るからに短気そうな左隣の乗客がひとりで「チクショーっ。最低だっ。」「ムカつくっ」とブチブチ。どうやら遅れたことではなく、乗務員の対応などにムカついているらしかった。
おかげさまでイタリアのスーパーで鍛えられた私にとってはとても親切で感じのよいクルーに思えたんだけど・・・・。

Photo_3まあそんなこんなで珍道中のひとり旅。ダンナさんの実家ではその晩、お姑さんが「イタリア風お新香」といって国旗のように盛り付けたお新香で迎えてくれ、両親とそのお隣の八百屋さん夫婦と私の弟が集まって宴会。
すっかり珍道中の疲れも癒えてしまったのでした。

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2006年3月11日 (土)

家族呼び寄せ許可書に向けて3

今回の滞在中に夫が平日休めたのは2回。なんとかこの3ヶ月の間に家族呼び寄せ許可書を取得して持って帰りたかった。

一度目は大雪の日で、雪の中交通が変則的になっている街をなんとか横切って警察へ。でも朝8時を過ぎてしまった。朝8時半からの受付開始に今から間に合うだろうか、と案内所で尋ねると、こちらの質問が終わらないうちに「早朝に出直せ」と門前払い。

二度目は朝4時半に家を出て、警察に5時半に着いた。そのときにはすでに30人以上の外国人が警察前にいた。いったい何時から待ってるんだろう。結局また寒い外で警察が開くまでの3時間を待つ。8時半、最初の10人くらいしか中に入れてもらえず「あとの人は列のままこの線まで下がって外で待っているように」と指示された。そして待つこと1時間。警官が出てきて「今日の受付は終了した。また後日出直すように。」もう、こんなことしてたらいつ申請できるかもわからない。

噂では聞いていた。イタリアは社会でコネが蔓延してるから、警察の手続きもコネを持ってないとなにかと難航する、と。それでもできる限り正規の方法でトライしてみよう、という気持ちが私たちには強かった。正当な方法で「家族と一緒に住む」という願いが叶えられるのは当然の権利だと主張したい気持ちもあったし、まず正面玄関からベルを鳴らしてダメだったときに勝手口を、という手段を考えることにした。
でも、正面玄関のベルにすら近寄らせてもらえないこの状況。悔しかった。

なんとか知り合いづてで、警察の人に書類を見てもらった。その結果、日本の戸籍謄本の外務省承認アポスティーユの期限が切れている、とのこと。調べてみるとアポスティーユは3ヶ月の期限しか有効ではなかった。7月に取ったので10月には期限が切れていたんだ・・・・。

そんなわけで帰国して、まずやることは戸籍謄本の準備。これで少しゴールが見えてきたのかどうかはわからないけれど、前に進むためにがんばらなきゃね。
それでももしダメなら留学ビザで留学生として渡伊する、という方法も残されている。まあ、留学費用が沢山かかるのと、いずれ家族の滞在許可書に切り替えないと長年にわたって留学ビザは使えないらしい。

滞在許可書に関する話を3日にわたって長々と読んでくださった皆様、ありがとうございます。またこのブログで進行状況などお知らせします。

私がこのブログタイトルの小さなキッチンに戻るのが1日でも早くなりますように。

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2006年3月10日 (金)

家族呼び寄せ許可書に向けて2

なかなか平日に夫の休みがとれぬまま冬が近づいた。
私の渡伊もいつになることやらわからないので、とりあえずクリスマスと直後の夫の誕生日、お正月、1月の私の誕生日を一緒に迎えるためと、家族呼び寄せ許可書の申請に付き合うために私は観光者として3ヶ月の滞在をすることを決めた。

ところで観光者、といえどもイタリアに長期滞在するには8日以内警察に届けを出して滞在許可書を持っていないと不法滞在者ということになる。
12月14日に私はミラノに入り、そこの悪名高き警察で滞在許可書を取得するまで、本当に苦痛の日々だった。思い出したくないけど、忘れることもできない!

12月16日(金) 在ミラノ日本領事館に行き、滞在許可書の必要書類を教えてもらう。申請用紙をもらいにそのまま中央警察へ。しかし案内所にはだれもおらず、詰め所の警官に尋ねると「月~金の朝に来い」と言われる。
 しかしあとから領事館でも申請用紙をくれることがわかり、ふたたび領事館に行って、今度は親切な職員さんが申請用紙と住居証明の用紙をくれる。

12月17日(土) 大家さんに住居証明の記入をお願いに行く。

12月19日(月) 朝6時に自宅を出て中央警察へ。警察の受付は8時半からなんだけど、移民の手続きにくる外国人で早朝から外に長蛇の列が毎朝できる。寒空の下2時間近く並んだ結果、「観光の滞在許可申請は月・火・木の14時~17時です」と受付で言われて入れてもらえなかった。先日詰め所の警官にちゃんと聞いたのに・・・騙された! 
 午後3時頃に警察に行く。すんなり整理券をもらえ、中で2時間くらい待たされ、やっと窓口へ。すると「この住居証明に最寄の警察で印鑑をもらってきなさい」と言われた。ついでに嫌味も。「あなた8月にたったの6日間、10月にたったの4日間、イタリアに滞在したの?はぁ~?そんな短期の滞在、信じられないわ。」いいじゃん、都合あっての短期滞在なんだから!

12月20日(火) 最寄の警察の移民事務所の窓口が11時から、とあるので11時に行ってみるとここもすでに外に長蛇の列。警察の入り口で係に用件を伝えると「2階の案内所に行ってちょうだい」と。案内所でまた用件を言うと「ここの列に並んで待て。」結局、また長蛇の列の最後尾に並ばされた。並んでるのは暖房も灯りもない、暗くて寒い階段。あぁ、なんだか難民申請にでも来てるかのような惨めさ・・・・。
 途中、他の皆が整理券を持っていることに気付く。私は何ももってない。結局、整理券のない私と、もうひとり同じく持ってない男性は最後まで待ったあげく担当の怖そうなオバちゃん警察官から「整理券もってないなら受付できない。帰りなさい。」と追い払われた。再度、案内所に行って「本当にこの窓口の列に並んでて間違いなかったのか、私は整理券なんてもらってない。」と尋ねると、若いその警官は「そうだ。間違いない。整理券をもらえなかったのはお前が来るのが遅いからだ。明日は今日より30分早く来い。」と言った。しつこく何度も確認してたらそのうち無視して他の警官とお喋りを始めた。

12月21日(水) 前日より30分早く行って並ぶ。でもまた入り口で「この手続きに整理券はあげられない。2階の案内所に行きなさい」と言われる。え~?また~?渋々案内所へ。あー・・・また同じ警察官だよ・・・。そしてやっぱり「ここに並んで待ってろ」としか言わない。もう騙されないからねっ、と思ってしつこく食い下がってるとやっぱりまた無視。するとそこで移民手続き担当の怖いオバちゃん警察官が外国人を整列させ始めた。怖そうだけど勇気を出してオバちゃん警察官に「ここで待てを言われてるんですが、それでいいんですか?」と聞いてみた。するとオバちゃん、案内所につかつかつかと歩み寄り、案内所のおバカな若警官を怒鳴りつけた。その結果、若警官が私に一言。「もう1つ上の階にウィゴスっていう部署があるからそこに行け」最初からそう言えよっ!ばーかっ!
 やっと本来の目的を果たせそうな部署にたどり着いたと思ったら「ここに大家さんを呼びなさい。」え?まじで?聞いてないよ~。幸い、大家さんが協力的な方で、すぐに駆けつけてくれて、やっと住居証明に印鑑が押され・・・・あー、長かった。でもこれで終わりじゃない。次は中央警察でいよいよ今度こそ滞在許可書の申請だっ!

12月22日(木) 中央警察14時からの受付のため、13時半頃に行く。するとすでに外に長蛇の列が。あー、やっぱりね。でもまあ寒いのは辛いけど、並ぶのも慣れてきたわぁ、と約1時間外で待つ。やっとあと10数人で中に入れる!というそのとき。「今日の整理券は終了しました。また来週来てください。」えええええ~っ?そんなのアリ?しかも私、今日がちょうど入国して8日目。申請期限ぎりぎりなんですけどぉ・・・。「は?どうしてもっと早く申請に来ないの?」どうして・・・・て・・・・。すべて警察の説明不十分でしょうがっ!それでも「まあ仕方ないわよ。どっちにしても今日は無理。来週申請に来て。」はあ・・・・・。

翌月曜は祝日のため、27日火曜日にやっと申請。この日は更に早く行き、外に3時間半、並んで夕方やっと滞在許可書を手にすることができた。ここまで長かった・・・・。また家族ビザを取って改めてイタリアに行ったら、今度は家族の滞在許可書を取るために列に並ばなければならない。
イタリアではビザっていうのは滞在許可書を取るための1アイテムにすぎない。滞在許可書がないことにはビザを持ってても不法滞在となってしまう。

この観光の滞在許可書の申請の中で私は、イタリアがいかに移民を排除しようとしてる国かを思い知らされた。「この難関を乗り越えてこないと滞在許可書出してやらないぞ。それでも欲しいなら、来れるものなら来い」と言ってるような気がした。
ちなみに、警察でのこの手続きに関わる係はイタリア語しか話さない。英語が話せないのか、嫌がらせなのか・・・・・。

とりあえず、こちらの警察の悪口を書き出すとキリがないので今日はこのへんで。
またあしたにつづきまーす。

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2006年3月 9日 (木)

家族呼び寄せ許可書に向けて1

今日の飛行機で里帰り・・・・。
実は、いろいろ複雑な心境の里帰りなので、いままで触れてなかった私のイタリア滞在に関するお話を書きますね。

実はイタリアで働く日本人の家族として、私はまだ正式にイタリアから滞在の許可をいただいてない。だから今回の滞在は観光者として最大許されている3ヶ月の滞在。ちなみに今後観光者として続けて渡伊することは法律上許されておらず、向こう3ヶ月はヨーロッパ諸国にすら入国できないことになっている。

なのにどうして正式な滞在許可を持っていないのか?

昨年初夏に私は仕事を辞め、新しいパスポートを準備し、家族呼び寄せビザの準備を始めた。
ビザを取得するのは日本で、私の場合は西日本在住なので大阪のイタリア総領事館。
ところが総領事館に問い合わせると家族呼び寄せビザの申請に必要不可欠なものが「家族呼び寄せ許可書」ということがわかった。
これはイタリアの警察が夫に対して「あなたの家族をわが国に呼び寄せることを許可する」という旨の許可書。なので申請者は夫となる。

そんなわけでビザ申請の1歩手前にその家族呼び寄せ許可書の壁が立ちはだかった。
なぜ壁か、というと、とにかく準備する書類があまりに多く、ややこしい。

ちなみにこの許可書申請のために私が日本で準備してエアメールで送ったものの1つが「戸籍謄本」。しかし戸籍謄本も普通に送っていいわけはなく、まず区役所で普通に戸籍謄本をもらって、それを外務省に提出。アポスティーユという承認をもらう。そしてアポスティーユがついた戸籍謄本を翻訳家の人に翻訳依頼。ただ、翻訳できればだれでもいいわけではなく、翻訳したものを東京のイタリア大使館、または大阪のイタリア総領事館に翻訳家が持ち込んで「プロとして正しく翻訳をしている」という宣誓をして、大使館が証明をつけたものでないと使えない。ああややこしい。それが準備でき、イタリアに送ったのは8月だった。

夫は、というとさらにややこしい書類をいくつも準備。しかしイタリアの7月8月といえばバカンスシーズン。書類に関わる役所も大家さんも、皆バカンスに出かけ、準備の進行は停滞を余儀なくされた。やっと9月に役所と大家さんが動きはじめ書類が揃ったのが10月半ばだったかなあ・・・・。これで家族呼び寄せ許可書を申請できる、はず・・・・・。

ところで、役所も警察も、平日の午前中しか受付をしてくれない。働き盛りの夫は休みを取ることがなかなかできないのが現状。まあ日本の企業の駐在員さんなんかは代理人を雇って進めておられるようだけど、うちは現地法人、現地採用。そんなに甘くはない。

それでもまあ、がんばって書類を集めた私たち。でもビザ取得に向けての闘いは実はまだまだこれから・・・・だなんてこのときは想像してなかった。

まあ長くなるので続きはまた明日。

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2006年3月 8日 (水)

バタバタ

明日からしばらくの間、ひとりで日本に帰るので朝からバタバタ。当分の間の夫の食事の準備など、やることいっぱい。

まず、明日からしばらくはカレーを用意。大鍋いっぱい。これで数日は大丈夫かな。

餃子が恋しくなったときのために餃子を50個つくって冷凍。

そして塩鮭・塩サバをつくって、これも冷凍。当分はこれもなくならないくらいある。

レタスは洗ってタッパーに。ほうれん草ブロッコリーもそれぞれ茹でてタッパーに。野菜を食べるときのためのドレッシングも作って保存。

それから重くて買ってくるのが大変な。生水を飲めないこの地では水は重要。これもせっせとこまめに買いだめして40リットル確保。

などなど、まだまだ今日のバタバタは夜遅くまで終わりそうにない~。

あ、ご近所の世話焼きおばさんにもさっき挨拶した。「あらあ、じゃあしばらくは昼間誰もいないのね・・・。でも大丈夫。安心しなさい。私がちゃんと見張っているから!」あははは、頼りにしてます。

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2006年3月 7日 (火)

街を歩けば♪

散歩で商店街をぶらぶらしてると、ちょっとおもしろいディスプレイを見つけたりする。
思わず笑ったもの思ったものを3つ。

                                                       

0129torino14これはトリノ。ベネトンのショップなのに、マネキンは誰一人ベネトンの衣類を身に着けてない。しかも真冬なのに短パンと交通整理の人チックな袖なしの蛍光ベスト(?)


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こちらもトリノ。オリンピックを意識してなのか、マクドナルドのモニュメントのポテト1本1本がスキー板の形してる~。


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そしてこれ、うちの近所のカルバンクラインのお店。マネキンの周りを取り囲むチビチビの同じ服装のマネキンたち。孫悟空みたい!

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2006年3月 6日 (月)

のけぞるぞー

いよいよ今週木曜日の飛行機で3ヶ月ぶりに日本に単独里帰りする。
いまはいろいろ準備が忙しい。

そんな中、今朝、日本の知人からもらったメールにこんなことが書いてあった。
「いろんな年代の人が“イナバウア”と言いながらのけぞってる日本です。足のフォームであって、のけぞるフォームではないと、アナウンサーが突っ込みを入れるくらいです。」
な、な、なにぃ~?荒川選手がとてもすばらしい演技で金メダルを取ったことはイタリア人も知っていて、先日イタリア人の友人荒川選手を絶賛してくれたけど、のけぞって「イナバウア」って言ってるイタリア人はさすが見ないなあ・・・・、ん~~~っ。

こちらではインターネットのおかげでニュースはひととおり見ることができるけど、さすがにバラエティ番組やドラマは見られない(有料の衛星放送に加入してれば別だけど)ため、日本の流行まではわからない。我家で日本のバラエティ番組といえば、ネットラジオであり、我家の日本人スターといえばネットラジオの出演者たち・・・・たぶん日本の私たちの周囲の人々は誰も知らないであろう人々だったりする。

あーあ、私もだんだんこんなふうに浦島花子になっていくんだろうなあ。
とりあえず、今回の帰国に向けて、のけぞる練習だけでもしておくよ。

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2006年3月 4日 (土)

イタリア人の友人宅訪問!

先日我家の寿司ディナーに来てくれた友人のイタリア人カップルが、今度は私たちを招いてくれた。彼らの家に行くのは初めて。

まずコートを脱ぐとともに部屋の案内をしてくれる。それがまた、センスあふれる素敵なお部屋!決して広くはない部屋なのに、手作りのインテリアでとても機能的な落ち着いた空間になってるし、部屋のあちこちを照らすたくさんの小さな照明が2人のセンスの良さや性格までも表してるような、なんといったらいいのかな、とにかく「これは真似しちゃおう!」と帰り道に盛り上がるほど素敵だった。

やっぱり私はキッチンをかなり観察してたんだけど、使ってるお鍋や小物がそのまんまインテリアになるようなお洒落~な感じで、尚且つ機能的で可愛いキッチンだった。
そういえばうちに来てくれたときも「私のキッチンもここと同じくらい小さいのよ!」と言ってくれてたっけ。小ささは同じくらいだけど、雰囲気まったく違うよなぁ・・・・。
Dscf2869やっぱり醤油のボトルがむき出しで置いてあると所帯じみてしまってお洒落にはならないかぁ・・・・。うちのキッチンもここをお手本にさせてもらってちょっと手を加えてみようかな。

さらに気に入ったのは冷蔵庫に貼ってある「バッキンガム・パレス」と書いてあるマグネット。
Photo_2「この冷蔵庫はね、バッキンガム宮殿っていう名前なの。そして私がバッキンガム宮殿のクィーンなのよ。」
ははは、なある、参りました。

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2006年3月 3日 (金)

お騒がせしました

前々から登場させているガスの話。
そう、約7万円、とあまりに高いガス代の請求が届いて「あとで精算して返してもらえる」という情報を得て泣く泣く振り込んだのは1月の終わり。
あの時はガス会社直接の契約者である大家さんが手続きをしてくださる、とのことだったけど、温暖な静養先から最近ミラノに戻ってきた大家さん、どうやら手続きをする気が失せたらしい、と判明。やれやれ。
そこで親切なお隣の日本人の方が今日、ガス会社に同行してくださることになった。

朝1番は混雑してるだろう、と予想し、11時くらいに行ったけど。役所や銀行と同じように整理券番号が呼び出されるまで待つシステム。ざっと40人待ち~。ふぅ。それにしても、私たちが持っているのは問い合わせ専用の整理券で番号が170番。今日の午前中だけでこれだけの人がガス会社の窓口にあらゆる問題をぶつけに来てるわけか・・・・。ふむふむ。

いざ順番がくると、思った以上に対応はあっさり。こちらで朝、メモしておいたガスメーターの数字と請求書上の数字を提示するとすぐコンピューターに入力してくれて「では20日くらいで差額の小切手を送付しますので。」で、終わり。ちょっと拍子抜け。

戻ってくる額はなんと10万円以上。この部屋の前の住民さん時代から上乗せ請求があったようなので、その分を大家さんのもとで精算したらいくら手元に残るかわからないけどねー。とりあえずは一件落着まであと少し。皆様、お騒がせしました。

帰りにお隣さんと日韓食材店に寄った。専業主婦で日頃から時間に余裕がたっぷりある私はちょこちょこアジア食材店や中華街、いろんな店を渡り歩いて買い物するので、1つの店での買い物はそんなに多くない。仕事してるお隣さんは行けるときにまとめて買うタイプのようなのでいつも食材は大量買い。
私はいつもちょっぴりしか買い物しないのでおまけなんてもらえないけど、このお隣さんと一緒にこの日韓食材店に買い物に行くたびに便乗しておまけをいただけてしまう。今日はウスターソースいただきましたー。やったぁ!

お隣さん、いろいろと今日はお世話になりました!

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2006年3月 2日 (木)

イタリア料理といえば?

そんな質問をされたら、平均的日本人は「パスタとピザ」と答えるんじゃないかな。

確かに。こっちで私は本当によくパスタ食べてる。お昼はほとんどパスタでしょ、たまに夕食にパスタ作るし、外で食べるときもだいたいパスタ。まあ、日本でうどんやそば、ラーメンなどの麺類を食べる割合と同じくらいかな。

でも、ピザってあんまり食べてないよねぇ、という話になった。まず、我家はオーブンもオーブントースターもないから冷凍などのピザにしても自宅では作らないし、外食の時もついついパスタ注文しちゃう。でもたまにすごく食べたくなるんだよねえ。

幸い、うちの近くにはかなり賑わっているレストランがいくつかあるのでその中でもピザのメニューが充実していて雰囲気のよさそうなお店を選んで入ってみた。自宅から徒歩2分!
案内してもらった席はピザ釜の目の前。やった、ピザ作りを見学しながらなので待ち時間はあっという間ね。ちなみにこの、日本でも最近はイタリアンレストランなどで見ることもあるけれど、この形のものは遥か2000年以上も昔の古代ローマ時代からイタリアで受け継がれてきたというからすごい!実際に古代ローマの遺跡のパン屋さん跡で見ることができる。
Osteria02Photo

 

                                                                           
私が注文したのはチーズの乗っかってないタイプ。トマトソースに潰したニンニクを散りばめて焼いたシンプルなもの。
こちらのピザは大きくて、そうだなぁ・・・日本の宅配ピザのMサイズとLサイズの中間くらいかな。直径30センチくらいのお皿からピザの縁がはみ出すくらいのサイズ。それが1人前なので、あまりこってりしたピザでは1枚を食べきれない。
Osteria01

1枚のピザでお腹いっぱい~。デザートも無理!
ところでこのピザ、日本の宅配ピザだったら2500円~3000円くらいのものなんだろうけど、こちらでは安いもの。私のシンプルピザが4ユーロ(約600円)、

イタリアではレストランで食事代以外に席料が人数分加算されるんだけど、このレストラン、加算忘れなのか、ランチタイムは請求しないのか、なぜか加算されなかった。
雰囲気良し、愛想良し、味良し、場所良し、得した気分の午後でした。

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