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2010年1月29日 (金)

ひとりIKEA 2010冬

「ひとりIKEA」に行ってきました(笑)

2ヶ月ぶりの「ひとりIKEA」です。

たまに行きたくなるんですよねー。

なんていうか、ほんのちょっとだけ北欧の空気吸いに?

 

で、いつものように地下鉄の赤ライン終点Bisceglie駅から

IKEAのシャトルバスに乗り込みましたら、

「はいはい、切符買ってよねー」

と、呼び止められました。

あれ?いつの間に有料に?

運転手から往復のチケット(1枚1ユーロ×2枚)を

購入してIKEAへ。

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バス車内でこのチケットをなんとなく眺めてて、

右端の半券の部分が妙に気になったので

IKEA到着後、インフォメーションの人に聞いたら

レジでこのバスチケット出せば、半券と引き換えに

キャッシュバックがあるんだそうな。

と、いうことで、結局買い物客はバス代無料ということに。

たしかに、いままでIKEAに用事があるわけじゃないような

人も利用してたもんなー。ふふふ、合理的、北欧的(?)

ちなみにBisceglieから普通の路線バスでIKEAの近くまで

行くとすると、1.5ユーロのチケットが必要。

IKEAの周囲には郊外型の大型店がいろいろあるので

他のお店の利用者や、その地域に別の用事がある人も、

もしかすると地元住民も?使ってたかもしれないIKEAバス。

私は混雑を避けて平日しか行かないけど、

以前はこのバス利用者確かに今日よりうんと多かった。

今日はいつもの半分以下(笑)



これ、気をつけないといけないのは、

往路のバスで往復分を買うこと。

じゃないと片道分しかキャッシュバックしてもらえないし。

(他の日付の刻印の切符のキャッシュバック可否は不明)

今日も、帰りのチケット持ってないお客さんが運転士に

レシート見せながら「買い物したからタダで乗せて」

と交渉してましたが、ダメでした。

融通効かないのはイタリア式?



さて。「ひとりIKEA」ですが、

毎度、特に目的もなく行きます。

あえて目的、といえばこれかな。

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マッシュルームスープ。

IKEAのレストランのは安くて美味しい。

これだけは外せません。


それからポテチ。

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イタリアではあまり見かけない、堅揚げタイプ、

のサワークリーム&オニオン味。

イタリア人にも超人気商品。



食べ物ばっかりじゃん、みたいな。

あとはぐるぐる店内観て回り、

ちょこちょこ小物などを買い、

レジで2ユーロのチケット代を引いてもらい、

満足で帰宅したのでした。

 

ちなみに、このバス代キャッシュバック。

レジのところに何も書いてないし、

「チケットありますか」と聞いてもくれないイタリア式なので、

くれぐれも忘れないように払い戻してもらいましょう。

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2010年1月11日 (月)

今年は届いた(笑)

日本の大切な友人が、一昨年の秋(2008年11月)に

我が家にサプライズの小包を送ってくれていたらしい。 

しかーし!

イタリアの税関~郵便局の間にはブラックホールがあり、

郵便物、特に海外からの小包は異次元に消える(?)という

不思議な現象が多々起こっていることをご存知でしょうか。

恐るべし、イタリアの国際郵便事情・・・。


 

当時それを知らなかった友人は、

いつまで経っても我が家が無反応なので

さすがに心配になり、サプライズを明かしてくれ、

ブラックホールの存在を知ることになったのでした。


ちなみに、ブラックホール以外にも、

やたらと月日がかかる遅延配達サービス

受取人に意味不明な料金を請求される課金サービス

書留郵便物を外に放置する、セルフサービス制度

勝手に差出人に送り返すUターン制度

中味の一部だけが消える、部分異次元転送制度

などなど、他国にないシステムがあります。

おそろしくて、郵便局を利用するたび、ハラハラドキドキ。

もれなくスリルを味わえる特典付きです。

 

さて、その小包。

発送から1年2ヶ月後の現在も、いまだ届かず。

おーい。

中味は彼女の生徒さんたちの手作りカレンダー。

彼女は特別支援学校の高等部の先生で、

知的障がいを持つ生徒さんたちを社会に送り出す、

その仕上げを担当している美人教師。

彼女自身、羨ましいほど、とても器用。

彼女や生徒さんたちの作品を何度か写真で見て、

おおお~、と感心する、のが私の楽しみのひとつ。

おおざっぱな職人文化の国に住んでるもんで(笑)



その友人、なんとこの冬もイタリアのブラックホールに

勝負を挑んでくれ、年末にカレンダーを送ってくれた、と。


 

するとすると!

3週間の日数を経て、今回無事に手元に届きました!

え?3週間?遅すぎね?

いいのいいの。

3週間なんて、紛失や窃盗に比べりゃかわいい。


じゃーん!

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12か月分、イラストを見せたいけど、

もったいないので見せません(笑)

下の雪の結晶柄は、手作りメッセージカード。

切り絵の結晶にラメが。

おおおお、なんと細かい!

何度もカレンダーとカードを眺めてうふふ、なのでした。



郵便事情が普通の良い国よりも、感激もひとしお。

いいのか、悪いのか。


Mayuちゃん、ありがとうね。

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2010年1月 7日 (木)

春の七・・・草?

日本の友人が、今日は七草粥を作ったらしい。

そーだ、そーだ、今日は春の七草の日だった。

それでは私も、と・・・

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たら~ん♪七草リゾット!

って、全然七草じゃないけど(笑)

一応七種類の野菜を使ってみました。

玉ねぎ・ねぎ・きのこ・白菜・ほうれん草・ルッコラ・ブロッコリー。

日本の七草とはずいぶんかけ離れてますが、

美味しい七草リゾットだったのでしたー。

 
 

今年一年、また病気知らずで過ごせますように。




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2010年1月 5日 (火)

最期のこと。

新年早々、ちょっと重いタイトルでごめんなさい。

 

私には満101歳の祖母がいます。

私の大好きな、かけがえのない祖母です。

ここ数日、喉の調子が悪かったらしく、

昨夜、住んでいる施設から病院に救急搬送されました。

高齢なので、器官が細くなっていたんでしょうか、

詰まってる痰を取り除いたら、元気になったようで、

入院の必要もなく、昨夜のうちに施設に戻りました。

はやり年齢が年齢なので、体調を崩すと

「いよいよお迎えが???」

と、ついつい誰もが考えてしまうんですよねー。

 

そんな騒ぎで昨夜、病院にかけつけた母ら(祖母の娘たち)に、

救急の若いお医者様からひとつ話があったそうです。

「これは、患者さんが自分の祖母だったら・・・と仮定して、

考えて、の私の意見なんですが。」

と、前置きをされ、

「もし、また今後このようなことがあり、そのときにもし、

呼吸器をつけるような事態になった場合のことです。

自分の祖母ならば、私は呼吸器をつけさせません。

皆さんはどうなさいますか。」

要するに、呼吸器をつけると、機械につなぎっぱなしで、

器官が苦しいがために暴れたり外したりしないように

睡眠薬で眠らせたまま、栄養剤で生きながらえることになります。

一度つけた呼吸器は外せない。

それは殺人行為になってしまう。

祖母のような超高齢者の場合に、そうまでするべきか。

「私の祖母には、人間らしく最期を迎えさせたいから。」

とその医師は言ったそうです。

 

母たちも、同じ考えです。

祖母がこの年なので、娘たちも一般的にいう「高齢者」。

精神的、肉体的に追い詰められ、

100歳のときにいまの施設に祖母を預けました。

人の寿命ってわからないし、

誰かが決めるものではないし、

祖母が何歳まで長生きしてくれるかはわかりません。

親族みんな、祖母がさらに長生きしてくれることを祈ってます。

でも、祖母が機械に繋がれた状態の長生きは望みません。

ずっと家で祖母の面倒見ていた伯母は、

祖母を施設に預けたことを少し後ろめたく思っているようです。

おそらく、祖母がそうして旅立ったとしたら、

また伯母は呼吸器をつながなかったことを悔やむかもしれない。

難しいです。でも、見送る側のエゴなんですよね。

 

私の父も、最期は機械に繋がれてました。

お薬で眠らされた日に主治医がこう訊きました。

「もし、このまま心臓が止まったら、

心臓マッサージなどの措置を望みますか?」

父の場合、癌末期でもう助かる見込みはなく、

心臓マッサージで助かったとしても、

それは家族が父とお別れをする時間を少し延長するだけ。

逆に肋骨やその周囲への負担が大きいらしく、

その場では心臓マッサージは断りました。

機械に繋がれた父のそばで、

父はこんな姿を娘にさらすことは絶対に望んでない、と

知りつつも、父のそばから離れられませんでした。

目を覚まさない父、喋らない父。

それでも父の体温だけが私を安心させてくれたものです。

私には父がまだ必要だ、と祈りました。

 

1週間して、父の心臓が止まったとき、

私は何も考えず咄嗟に、自分のために、

心臓マッサージを医師にお願いしてしまったんです。

父のためでなく、自分のため。

でも、病気に負けず、生きようと頑張った父なので、

生きるための措置を喜んで受け入れてくれたかも、

と、後悔しないように努めてきました。

 

父、覚悟は決めてて、自分で終末期ケアの病院に行ったんです。

なのに私は、父がまだいてほしい、という想いだけで、

結局効果のなかった心臓マッサージで父の死を邪魔したような

申し訳ない気持ちになります。

いつ、自分が、家族がそうなるかわからない。

機械につないでもらうのか、つながないでもらうのか、

家族のためだけの延命をお願いするべきなのか、

年齢や、症状によってもまちまちでしょうが、

家族とそういう話、一度はしないとだめですね。

なかなか健康なときは話題にしずらいことですが。

私は、やはり自然に人生を終えたい、

自分の最期を素直に受け入れたい、

という気持ちが強いので、

なおさら父に対して申し訳ない思いになったり。

 

と、なかなか家で話題にできないことなので、

ブログで夫に自分の意志を伝えてみた私なのでした。

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