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2010年1月 5日 (火)

最期のこと。

新年早々、ちょっと重いタイトルでごめんなさい。

 

私には満101歳の祖母がいます。

私の大好きな、かけがえのない祖母です。

ここ数日、喉の調子が悪かったらしく、

昨夜、住んでいる施設から病院に救急搬送されました。

高齢なので、器官が細くなっていたんでしょうか、

詰まってる痰を取り除いたら、元気になったようで、

入院の必要もなく、昨夜のうちに施設に戻りました。

はやり年齢が年齢なので、体調を崩すと

「いよいよお迎えが???」

と、ついつい誰もが考えてしまうんですよねー。

 

そんな騒ぎで昨夜、病院にかけつけた母ら(祖母の娘たち)に、

救急の若いお医者様からひとつ話があったそうです。

「これは、患者さんが自分の祖母だったら・・・と仮定して、

考えて、の私の意見なんですが。」

と、前置きをされ、

「もし、また今後このようなことがあり、そのときにもし、

呼吸器をつけるような事態になった場合のことです。

自分の祖母ならば、私は呼吸器をつけさせません。

皆さんはどうなさいますか。」

要するに、呼吸器をつけると、機械につなぎっぱなしで、

器官が苦しいがために暴れたり外したりしないように

睡眠薬で眠らせたまま、栄養剤で生きながらえることになります。

一度つけた呼吸器は外せない。

それは殺人行為になってしまう。

祖母のような超高齢者の場合に、そうまでするべきか。

「私の祖母には、人間らしく最期を迎えさせたいから。」

とその医師は言ったそうです。

 

母たちも、同じ考えです。

祖母がこの年なので、娘たちも一般的にいう「高齢者」。

精神的、肉体的に追い詰められ、

100歳のときにいまの施設に祖母を預けました。

人の寿命ってわからないし、

誰かが決めるものではないし、

祖母が何歳まで長生きしてくれるかはわかりません。

親族みんな、祖母がさらに長生きしてくれることを祈ってます。

でも、祖母が機械に繋がれた状態の長生きは望みません。

ずっと家で祖母の面倒見ていた伯母は、

祖母を施設に預けたことを少し後ろめたく思っているようです。

おそらく、祖母がそうして旅立ったとしたら、

また伯母は呼吸器をつながなかったことを悔やむかもしれない。

難しいです。でも、見送る側のエゴなんですよね。

 

私の父も、最期は機械に繋がれてました。

お薬で眠らされた日に主治医がこう訊きました。

「もし、このまま心臓が止まったら、

心臓マッサージなどの措置を望みますか?」

父の場合、癌末期でもう助かる見込みはなく、

心臓マッサージで助かったとしても、

それは家族が父とお別れをする時間を少し延長するだけ。

逆に肋骨やその周囲への負担が大きいらしく、

その場では心臓マッサージは断りました。

機械に繋がれた父のそばで、

父はこんな姿を娘にさらすことは絶対に望んでない、と

知りつつも、父のそばから離れられませんでした。

目を覚まさない父、喋らない父。

それでも父の体温だけが私を安心させてくれたものです。

私には父がまだ必要だ、と祈りました。

 

1週間して、父の心臓が止まったとき、

私は何も考えず咄嗟に、自分のために、

心臓マッサージを医師にお願いしてしまったんです。

父のためでなく、自分のため。

でも、病気に負けず、生きようと頑張った父なので、

生きるための措置を喜んで受け入れてくれたかも、

と、後悔しないように努めてきました。

 

父、覚悟は決めてて、自分で終末期ケアの病院に行ったんです。

なのに私は、父がまだいてほしい、という想いだけで、

結局効果のなかった心臓マッサージで父の死を邪魔したような

申し訳ない気持ちになります。

いつ、自分が、家族がそうなるかわからない。

機械につないでもらうのか、つながないでもらうのか、

家族のためだけの延命をお願いするべきなのか、

年齢や、症状によってもまちまちでしょうが、

家族とそういう話、一度はしないとだめですね。

なかなか健康なときは話題にしずらいことですが。

私は、やはり自然に人生を終えたい、

自分の最期を素直に受け入れたい、

という気持ちが強いので、

なおさら父に対して申し訳ない思いになったり。

 

と、なかなか家で話題にできないことなので、

ブログで夫に自分の意志を伝えてみた私なのでした。

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コメント

ありきたりな言葉だけど、masamiちんのお父様はmasamiちんの行動喜んでいたと思うよ。
自分を必要としてくれたこと、何よりも嬉しかったんじゃないかな。例え意識がなくても分かってらしたと思う。
だから申し訳ないって気持ちは持たなくてもいいと思うよ。お父様、そんな風に思ってほしくないと思ってる気がします。

自分の死ってまだまだ考えられないけど、いつどういう風に死ぬかは分からないんだもんね。
延命治療の件、自分の意思は家族に伝えたほうがいいと私も思う。
これをイタリア語で説明するのかと思うと気が遠くなるけどね(苦笑)

お祖母さま、元気になってよかったね~。
すぐ飛んでいけない距離って時々小憎らしいね。

投稿: SOLE | 2010年1月 5日 (火) 21時48分

あけましておめでとう☆
今年もよろしくお願いします☆

私も、SOLEさんと、同じ意見だな~。きっと、喜んであるよ~ん!!
私のお父さんは、突然、心筋梗塞で逝ってしまったんだけど、私が、たまたま最後を看取ったんだけどね、私の場合は、固まってしまったと・・・
その状況が、意味わかんねーって感じになってしまって、状況を受け入れられなかったのかも・・・
今、考えるとね。
突然だったという事もあるけどね。

殺しても死なないような人だったのに、あっけなく逝ってしまった・・・
運命よね。

masamiの言う様に、運命を受け入れられることが一番大事なのかもね。

投稿: のりこ | 2010年1月 6日 (水) 14時19分

>SOLEちん
ありがとう。
そう言われると、少し自分も心が軽くなります。
うちは父方が癌の家系で、私は体質的に父方なので、いずれは自分も癌かもなー、なんて思ってて。自分では、そのときは受け入れられるように、今を悔いなく過ごそう、って思うんだけどね。やはり周囲の家族のことが心配なんだよね。
せめて母よりは長生きしなきゃなー、と。
とか言いつつ、しっかり母方の婆ちゃんのDNA受け継いでて、100過ぎまで元気かも(笑)
とりあえず今日は母に、母がこういう場合は延命措置はどうしてほしいか、を確認しておきました。
とはいえ、こんなに離れてちゃね。
いずれは日本に間違いなく帰ると思う。

SOLEちん、イタリア語で汁くんに伝えるんだもんね。
そっかー。それは大変。
絵とか描いておけば?「Vietato●●●!」みたいなの何枚か(笑)

投稿: masami | 2010年1月 6日 (水) 19時15分

>のりこ

ありがとう。
そっか、のりこのお父さんは突然なんだったね。
自分の父のとき2年近く前から闘病してたので、覚悟してたつもりでも、なかなか受け入れるのが大変だったから、突然家族を失うのって、想像もできないくらい辛いんだろうな、と思う。
でも自分のときは「ころっと突然、迷惑かけずに逝きたい」とか思うし、親達にも「ピンピンコロリでよろしく」とか言ってるし、去る側、残される側、それぞれの気持ちって難しいよね。
たぶん、自分自身の死を受け入れる云々・・というよりは、残される家族が気がかり、というほうが皆、大きいのかもね。
ともかく、そういう日がくるまでは、一生懸命日々悔いなく生きましょう。

投稿: masami | 2010年1月 6日 (水) 19時23分

先日うちの祖母が94歳を迎え、この気が遠くなるような年までよく生きて立派と思いましたけど、masamiさんのおばあちゃんはさらに上ですね!
延命医療行為はとてもデリケートな問題で、でもこのように率直に話してくれたお医者は好感が持てるなあ。
>一度つけた呼吸器を外すと犯罪になる
最近イタリアでも国会で大きく取り上げられた議題、カトリックの国では宗教倫理が絡んで、さらにややこしくなりますね。個人にかかわることだから、国が口を挟む場面じゃないだろうと思いますけどね…。
私もmasamiさんと同じく自分の延命治療はしないでほしいし夫も同意見です。ボケる前に(!)、その点はっきりしておいたほうがお互いのためにいいかと。
だけど自分自身についてはきっぱりノーと言えても、もし夫や肉親やうちの犬猫がその状態になったら心はすごく揺れるだろうと思うのです。だからmasamiさんがお父様を必死で救おうとされお気持ち、わかる。ありったけの愛情です。

投稿: ねる | 2010年1月 9日 (土) 00時24分

>ねるさん

ねるさんのおばあさんも長生きさんなんですね!
この間、なにかの番組で見たんですが、女性は「孫」とを気にかけることで長生きできるんだとか。わが子とわが孫の双方を気にかける、というのが重要で・・・みたいなことを専門家(?)が言ってました。
たしかに、うちの祖母は、自分の娘たちと孫たちをひどく気にかけてます。祖母が母を心配しないように、と私は今でも地元に住んでいることになっています(苦笑)

延命治療は本当に難しいですよね。
機械につなぐこと=苦しみのない最期が確約される、と考えると、家族としては苦しむ愛する人を目の前にして、果たして延命治療を拒否することができるんだろうか。

医療が進めば進むほど、自然な旅立ちが難しくなるのかもしれません。

投稿: masami | 2010年1月10日 (日) 09時39分

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