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2012年9月27日 (木)

ありがとう。

しばらく更新が空いてしまいました。

闘病中だった義父が、今朝旅立ちました。

毎日の面会生活が、もう明日からはないのだ、ということが

信じられないくらい、この2ヶ月余り、面会という日課を

楽しみにしている自分がいました。

 
その義父と最初に会った日から8年。

いろんなことを思い出すだけの十分な時間を、この2ヶ月間、

持つことができました。

1つだけ、義父の思い出を書きたいとおもいます。


この家に嫁いでまもない頃、私はひとりでこの義理の両親のもとに

居候として転がり込みました。

夫はひとり、イタリアに住んでいたものの、私はヴィザの関係で

日本とイタリアを行ったり来たりしていた、という時期です。

義両親は夫婦で寿司店を営んでおり、私も仕事が休みの日は

寿司店を手伝わせてもらっていました。

ある晩、郵便配達には遅すぎるほど日が暮れた時間に、

郵便配達員がバイクを押しながら、通りかかり、

ちょうど店から顔を出していた私にこう尋ねました。

「配達してたらガソリンがなくなってしまって。

休日のこの時間でも開いているスタンド、近くにありませんか?」

よそ者の私が知る由もなく、閉店準備をしている義父を呼ぶと、

「ここからじゃちょっと距離があるなあ。押して行くのは無理だろう。

うちのバイクに乗って行って、ガソリン買ってきな。」

と、自分のバイクと、ガソリンを入れられる容器を、その初対面の

配達員さんにあっさり差し出したのです。

福岡でしか生活の経験がない私には、東京は冷たい都会の

イメージが強かったのに、この人はいったいなんなんだ??と

それはそれはびっくりしたもんです。

以来、この配達員さんは近くを通りかかると、義父に差し入れを

持ってきてくれて、すっかり義両親と仲良くなったそうです。

そういう、日本人の忘れかけた昔気質の人情を教わりました。

それだけに、純粋すぎて、悪い人に騙されるんじゃないか、と

義父に余計な心配することも多々ありましたけどね。

 
 
他人に優しく、身内に厳しかった義父。

優しくされた記憶しかない私は、それが嬉しいような、

寂しいような気分にもなりますが、

この2ヶ月の面会生活で、義父のムスメになれたような、

そんな気分にも勝手になっています。

これから、通夜・葬儀・他もろもろの手続きなど、

まだまだ自称ムスメとして、長男の嫁として、役割をこなしつつ、

ありがとうの想いをめいっぱいつめこんで、お見送りするとします。

 
 
お父さん、家族にしてくれてありがとう。

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