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2012年10月 7日 (日)

民謡葬

先日の義父逝去の記事後、沢山の皆様から

メッセージをいただき、本当にありがとうございました。

葬儀も無事終え、怪獣のような甥と姪も自宅に帰り、

ようやく穏やかさを取り戻しました。

さて、今回、義父を一風変わった「民謡葬」というお葬式で

見送ることができましたので、そのお葬式の話などを。

 
 
 

実は、「葬式にはお坊さんを呼ばずにお経なしで」、と

家族(義母・義姉夫婦・私たち夫婦)で1ヶ月ほど前に決め、

義母と私で、何社かの葬儀社に相談に行っていました。

義父の実家の宗派の仏式ですべきか否か、悩みましたが、

義父らしく、義父が喜ぶような式にしたいよね、と。

 
 

さて、まず無宗教葬を行うに当たっての問題は、

「お経・お焼香の代わりになにをやって時間を埋めるか」

ということと、

「親族がそれで納得するのか?」

この2点になるだろうと思います。

お焼香の代わりには、献花や献灯というのが一般的のよう。

私たちは献花を選びました。

ただし、一般的には「お葬式=焼香」という習慣が根強いし、

無宗教葬といっても仏教を拒絶しているわけでもなかったので、

通夜・葬儀とも、開式前や後には皆さんにお焼香を自由にして

いただけるように、祭壇前に焼香セットを置いてもらいました。


 
 

親戚の理解、については、義父が亡くなる10日ほど前に、

本家に相談したところ、反対をくらってしまい、再度家族で相談。

それでもやはり義父らしく、無宗教葬で、と決定したことを、

義父逝去の日に病院に集まってくださった本家や親族たちに

報告し、頭を下げ、無宗教で行うことの理解を求めました。

 
 
 

と、実はこの時点では「無宗教葬」とは決めていたものの、

主軸になるコンセプトがなく、手探り状態。

決めていたのは

●会場の一角に、「故人の愛用品展示コーナー」を設ける。

●故人の好きだった音楽をBGMにする。

●メッセージカードと回収箱を置き、会葬者に書いていただき
  最後にお棺に収める。

●ご友人など、ゆかりの深い方に弔事をいただく。

●焼香の代わりに献花をする。

●孫が「じいちゃんへ」という手紙を書き、朗読。

と、これぐらい。

ところが、義父が生前熱心に習っていた民謡教室の先生に

訃報を伝えた後に、どんどん「民謡葬」への骨組みができ、

●「献奏」と称して、故人の唄声を会場に流し、
  その唄をBGMに会葬者が順番に献花をする。

●民謡の大会で着用していた着物の展示。

●民謡のお師匠から、故人の民謡にかける情熱などを
  弔事として話していただく。

●民謡のお師匠・お仲間による生唄で、出棺。

という内容を盛り込むことができました。

民謡のお師匠やお仲間あっての民謡葬です。

故人の唄声が会場にひびき、そして、仲間たちの唄に

最後は見送られていく、なかなか素敵な式でしたよ。


愛用品展示スペース
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出棺のときの、生唄「お立ち酒」は、本当に鳥肌立つほど

静けさの中に響いて、言葉にならないほどよかったです。

ビデオに撮ることができなかったことが心残り。


 
 

無宗教葬は賛否両論あるかもしれません。

お経で成仏を願うとか、そういうものよりもまず、

うちの父を、皆さん忘れないであげてね、という式。

私たち家族の、父への最後の我儘満載の式でした。

この式にして本当によかったね、と家族皆、大満足です。

これから無宗教葬を、と考える方がいらっしゃたら、そのとき

ちょこっとでも参考になれば、と思い、記事にしてみました。

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コメント

不謹慎な言葉かもしれませんが……素敵なお見送りだったのですね。
葬儀って、家族が故人を思ってやらせてもらえる“最後のこと”だと思います。
ある意味で“自己満足の披露宴”に似てるかな…とも思います。
お義父さんと一番近くで過ごしたお義母さんが、最後にお義父さんに何をしてあげたいと思うかが大切で
それを娘として尊重しやり遂げたMasamiさんは、最高の親孝行をしたんじゃないかな…って思います。
お義父さん、嬉しかったでしょうね。笑顔が見えるようです。

投稿: そら吉 | 2012年10月 7日 (日) 19時24分

言い方が正しいかどうかわかりませんが、素晴らしい旅立ちだったのですね。

うちの伯母の時は通夜無し、当日焼き場で最期のお別れ、焼香、参列したのは血が繋がった5人の親族のみという完全な密葬でした。今考えるとあまりにもそっけなかった気がします。
色々な事情があったのですが納骨に至っては私と従兄弟だけ・・でも仲の良かった伯父の骨壺に寄り添うように伯母の骨壺を置いたとき、これでまた2人きりになれて伯母は嬉しいだろうなと思いました。

投稿: pallina | 2012年10月 7日 (日) 22時54分

お義父様、寂しくなるでしょうが素敵な家族に囲まれて旅立たれたのですね。皆が自分のためにいろいろと考えてつくってくれて、きっと喜んでおられるのではないでしょうか。

無宗教の葬儀は、自分自身がしたい葬儀の形でもあります。まだ具体的に何も決まっていませんが。
ご親族に反対されたり、お線香をあげたい方々のために、お線香を用意されたように、送る側の気持ちというのもあり難しいですね。
友達にお坊さんがいて、送る時の気持ちの話を聞いていると、無宗教であっても例えば勝手ながら友達だからという理由でお経をあげていただけたらありがたいなと思ったりもします。まだわかりませんが。
今後も考えるきっかけをありがとうございます。

投稿: まゆ | 2012年10月 8日 (月) 01時25分

>そら吉
どうもありがとう。
私も、昔は「私の時は葬儀なんて必要ないわ」とか思ってたけれど、でも、葬儀って送られる人のため、というか、見送りたい人たちのための儀式なんだよね。
どうやって、大切な人との別れを受け入れるか、そういう儀式なんじゃないかな、と自分の父の葬儀の時に感じました。
そんなわけで、ほぼ家族の希望を突き通す形の式にこだわって、みんなでいい見送りができました。
義父の、人生の千秋楽を、みんなで演出した、という気分。
義父が喜んでくれてたら、なにより嬉しいです。

投稿: masami | 2012年10月 8日 (月) 15時47分

>pallinaさん
ありがとうございます。
家族葬もまた、近親者だけで静かに見送れる、いい見送り方だと思いますよ。私たちも一瞬、家族葬を、と考えました。
しかし、義父は9人兄弟で、他の兄弟は皆健在。
親族だけで、40人は集まりそう、ということで諦めました。
私もまた、pallinaさんの伯母さまのように、近親者だけで、静かに見送ってもらいたい派なのですが、こればっかりはもう、見送ってくれる側の人に任せるしかないかなあ、と。
逆に私の近親者がどんなふうに見送ってくれるかを、楽しみにしてようかな、なんて思ったりして。
親や伯父伯母世代のお葬式に関わる年齢になると、自分のときのこと、いろいろ考えちゃいますよね。

投稿: masami | 2012年10月 8日 (月) 15時58分

>まゆたん
どうもありがとう。
私自身はお経とか好きなので、葬儀や法事のあの静粛な雰囲気、嫌いではなく、むしろ大好きなんだけど、だからといって、信仰をしてるわけでもないお経で、それっぽく送られるというのもなんだか違和感を感じるわけでね。
本家の反応は当初、予想以上に嫌悪感むきだしで、とにかく本家の宗派でお経を、と何度も言われましたし、亡くなる3ヶ月ほど前に、義父が地元に帰りたがっていた、と聞いていたので、実家に戻す、という意味でも本家に従うのべきかなあ、とか、義父は亡くなっても、義母と本家とのつきあいは続くわけなので、今後の関係がぎくしゃくしないか、とか、家族で真剣に悩み抜きました。
もし、まゆたんが無宗教葬を将来、心から希望するとか、家の宗派ではなく、お友達にお経をあげてもらいたい、とかならば、自筆で書いて、近親者に託すことがベターでしょう。
私らも、「お父さんはきっと、お経なんて喜ばない」と言いながらも、その本人の意思確認ができないことで、本家にどう示すか、かなり悩みましたから。

投稿: masami | 2012年10月 8日 (月) 16時10分

お疲れ様でした。
お義父さまが旅立たれた記事がアップされた直後に読んで、すぐにメッセージを送りたい気持ちに駆られたのですけど、落ち着くまでそっとしておくべきだと我慢しました。
そしたら今度は遅くなりすぎちゃった。ごめんなさい。

無宗教葬は最近増えてきたといいますが、
私はまだ一度も体験したことがなくて。
素敵な式、っていう言い方が適切かわかりませんが、
式の進行とともに愛する人たちに見送られながらお義父さまが天国に昇られていく様子がリアルに想像できて、なんだか感動で鳥肌がたちました。

無宗教葬についてはいろいろな意見があるのでしょうが、見送る側と旅立つ人の魂のつながりというか、肉体的には少しお別れになるけど、愛情や絆は永遠だってことを確信できる、素晴らしい式だったのですね。
私は好きです。

誰もが考えておかなくてはいけない問題なのに、
なぜか生前にはあまり話し合いが行われない分野かも、ですね。
参考にさせてもらって助かります。ありがとう。

こんなこと一読者がいうのはあつかましいかもしれないけど、
お義父さまもmasamiさんが娘になってくれて嬉しいって思ってくれていますよ。ぜったいに。
今回の一連の帰国記事を読んでいて、辛い時だったはずなのに、常にそこには愛が溢れていたから。

投稿: yukako | 2012年10月19日 (金) 18時06分

>yukakoさん
優しいお心遣い、ありがとうございました。

そうですね、無宗教葬、興味はあったのですが、実際に行う側となるといろいろ考えさせられました。
やはり偏見的な見方や、「それでは成仏できない」という考え方、戒名や法事は今後どうするのか、喪主である義母が今後もそういう問題を背負うことになるので、いっそ仏式のほうが義母には楽なんじゃないだろうか、とか、なんて先々のことを考えたりして。
いまだに先々については解決していない問題もありますしね。
それでもやっぱり無宗教でやろう、と結論を出してからは、みんなでどういう式にするかを楽しみながら考えていきました。
いい式だったし、満足しているものの、自分のときは信仰心もなにもないけれど、仏式で平凡にさらりと簡単にやってもらいたいかなあ、とか思ったりもして。
生きてる間に、そんな望みも二転三転しそうですけどね。
いいきっかけなので、そういう話をときどき家族としていこうかな、とか思ってます。だって、人生最後の舞台ですもんね。
というか、子供がいない私なんか最終的には、誰かに骨を拾ってもらえるだけでありがたい、なんてことになりそうですww
遺影だけは自分で選んでおこうかな。

投稿: masami | 2012年10月21日 (日) 15時01分

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