2008年9月 8日 (月)

旅の話(1) ブラティスラバ

そろそろ7月のバカンスの話をしなければ(笑)

そろそろ、って・・・もう9月だ、っての。ははは・・・。


 
 
さて、7月終わりに短いバカンスへ行きました。

行き先はスロバキア経由でポーランド。

ミラノから飛行機でスロバキアの首都ブラティスラバへ行き、

夜まで街をぶらぶらして、夜行列車でポーランドへ、という行程。

バカンス、っていうか、強化合宿みたいな旅でした。

どんなところがどんなふうに強化合宿だったのか、は・・・そのうち(苦笑)


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さて、スロバキアの首都、ブラティスラバなんですが・・・

首都の空港?ってかんじの、小さな空港でした。

EU圏からの便の到着ロビー・・・なんにもない。

両替所も、売店も・・・・ない。

隣の建物(国際線??)に行くと、カフェと両替所とトイレ発見。

しかも、市内行きのバスのチケットは自販機のみの販売で、

なんとコインしか使えない~。

両替所でもらった紙幣を崩しに、出発ロビーの売店へ。

・・・って、15分くらいの間に、すべてのターミナルを制覇してんじゃん!

どんだけ狭いの~!!!(首都です。くどいけど念のため。)

 
 
 
 
ま、そんなこんなで無事、バス乗って、ブラティスラバの駅到着。

夜行列車のチケット買って、荷物預けていざ、街へ~!

自由時間は2時間半弱!!行くぞ~!
 
 
 


この街の見所は、ブラティスラバ城。

高台にある大きなお城目指して、早速街歩き。

けっこう坂を登ってやっとたどり着くものの・・・がーん!!!

ちょうどこの日は、お城の庭でシェイクスピア作品の上演があるため、

早めに見学時間を終えてしまっていた。

入れるのは劇のチケット持ってる人だけ。

ええ~。お願いします、ちょっとだけ、このへんだけ写真撮らせて!

と懇願し、門の内側すぐのところでちょっぴり写真だけOK!やった。


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ま、お城はとっても大きいので、たぶん敷地内からでは全景はムリ。

お城の近くの展望台で、街の景色と、お城の景色をしばし堪能。


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ついでに、街を見下ろす女神像とコラボ!!!

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お城のふもとに広がる旧市街でぶらぶらタイム。

旧市街はとにかく人が多くてびっくりした。

飲食店もすごいいっぱいあって、オシャレに気合入れた人が

たくさんいらっしゃいましたー。え・・・うちら、場違い?みたいな。

ま、どうせうちら、ゆっくりゴハン食べてる場合じゃないので、

通り過ぎるだけなので、ごめんなさいねー、ってことで。

で、待ち歩きしてると、かわいい像がたくさん。

私は帽子のおじさんの像とパチリ。


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そうこうして、いろんな像の写真撮ったりして、旧市街くまなく歩いて、

しっかりアイスも食べると、いい時間に。

駅へ戻りつつ、「困ったねえ」と。

空港で30ユーロ(約5千円)両替したのに、ほとんど使ってない。

ってか、使うとこ、もうないじゃん!!って。

駅でひたすら食べ物買いまくって、夜通し食べるか??

ま、いずれにせよ、なにかスロバキアのものも食べておきたいし。

なにか食べるものを買おう、ってことに。

で、駅前で買ったのがこちら。「ラゴーシュ」というらしい。


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油たっぷりで揚げたもちもち生地に、ガーリックとケチャップ。

うまーい!!!

でも、恐ろしくカロリーが高そうなんですけど~!!!

しかも、持ち運びづらくて、これ、列車に乗る前に完食せねば。

で、でっかい割りに安くて、全然お金余ってるしー!!!!

一度紙に包んでしまって、荷物引き取ってきて、

さて、残りを食べるか、と紙を開いた瞬間にボテッと、落としてしまった。

あ~~~。ケチャップいっぱいのところ残してたのに・・・。


 
 
と、これはこれからの波乱の幕開けにすぎなかった・・・。

これから壮絶な夜行列車の旅がまっていようとは。

それは、また次回。

お約束(?)なのか、20分遅れてきた夜行列車とともに、

短いスロバキア滞在に別れを告げたのでした。

まだまだスロバキアに振り回されることも知らずに・・・フフフッ(涙)


 
 
 
 

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旅の話(2)夜行列車

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さて、スロバキアの首都ブラティスラバから、

ポーランドのクラクフまでの、行き当たりばったり夜行列車。

うちらの旅、だいたい「行けばなんとかなるさ。」の精神。

ほんと、夜行の国際列車でも事前予約とかしなーい。

で、いままでなんとかなってた。

ま、今回もなんとかなるだろう~、と(苦笑)

 
 

まずブラティスラバ駅でクラクフ行きの夜行のチケット購入。

かなり安い。まじでー?とよくよく見ると、乗車券のみ。

ええ?寝台は?と尋ねると、「あっちの窓口で言ってちょうだい」

どうやら、窓口のおばちゃん、英語ダメらしい。

で、別の窓口に並び、寝台を、と言うと

「この列車の寝台はもうタイムリミットで売れないの。

車内で車掌と交渉してもらえる?」とのこと。

はーん。なるほど。ま、当日ですしね。仕方ない。

ここが始発駅じゃない列車、ってことなんだろうなー。

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こちら、切符売り場の窓口の看板。

旅行カバンの形してるのが、ちょっとかわいい。

 
 
 
  
 
で、列車。イタリア同様お約束なのか、20分遅延で到着。

とりあえず乗り込む・・・・と、ええ~?席がない!

うちらの持ってるチケットは2等席(自由席)なんだけど、

そこ、すでに満席。しかも、デッキにも立ってる人がいる。

ま、うちら、どうせ車掌と交渉して寝台車にアップグレードだし、

ここが満席でも関係ないわー、と車掌を探す。

まず1つ後ろ、1等車の車両に行く。

コンパートメントで空席たくさん。

最悪寝台車がとれなきゃ、1等にしよう、と心に決める。

でも、車掌の姿が見えないんで、うろうろしてたら、

他の乗客が「この1等車両から後ろはクラクフには行かない」

と教えてくれた。ぎゃー、あぶないあぶない。

じゃ、前の車両に、と2等の1つ前の車両に行ってみる。

と、そこが寝台車だった。あったー。

しかも、車掌がいた。みっけー。で、早速交渉。

するとあっさり「寝台車満席だよ。」

え~・・・・じゃあクラクフ行きで1等のコンパートメントの車両とか、

ないの?それでもいいんだけど、と言うと、

「クラクフ行きは、寝台と2等だけ。」

いや、でも、2等ってここ、満席じゃん?他に2等の車両あるの?

「ここ1車両だけだから、空いてなかったらしかたないよ」

え・・・そんなのありえなくないですかー?朝までデッキ?

こうなったら、と無理やり座れそうな席を探す。

荷物を置いて空席1席占領してる若者グループと、

空席に足を乗せて寝ている女子1名発見。

若者グループはたちの悪いヤツラだったので、車掌に交渉させ、

なんとかバラバラながら席2つゲット。

 
 
 
 

列車はまあキレイだけど、あまり雰囲気いいとは言えない顔ぶれ。

こりゃー、熟睡はできないなー、と過ごし、

夜中2時半くらいにとある駅で停車。

ここで沢山のバックパッカーが降り、やっと2等車ガラガラに。

これ、横になって寝れちゃうねー、と

席を移動して、軽食つまみながらテンション高めに寝る準備。

さ、寝るかー、といまいちど停車中の列車から外に目をやると

「あ・・・・あれ?」

なんか、向かいにも1台列車が停まってて、

その列車のホームには「クラクフ行き」って書いてあるのに、

こっちのホームの表示は「ワルシャワ行き」になってるの!!

近くにいる乗客(スロバキア人?)に尋ねると、

わざわざホームに降りて係員に確認してくれた。

係員いわく「クラクフ行きは向かいの列車だ。」

はあ?これ、クラクフ行きじゃなかったのぉ?直行じゃなかったのぉ?

乗り換えだなんて、ネットにも表示されてなかったし、

駅員も車掌も言ってなかったし、どうなってんの???

寝台車と2等車はクラクフに行く、って言ってたじゃん。

どうなってんの???

さっぱり理解はできないけど、とりあえずバタバタ荷物をまとめて

隣の列車に転がり込んだ。

なんか・・・・やけにボロくて暗い列車だし・・・。うそでしょ。

乗客やら車掌やら、いろんな人にしつこいくらいに

「これってクラクフ行きよね?」と聞きまくり、

なんとかコンパートメントに席もゲットし、朝まで爆睡。

同じコンパートメントのお客さんたちに、

「ここってクラクフ??」と聞き、半信半疑で下車。

結局、最初に乗った列車はなんだったんだろう。

もしかしたら、クラクフ経由ワルシャワ行きだったのかな。

 

 
 
 
なんか・・・・ほんと、疲れる列車の旅でした。

朝、さわやかなクラクフ駅前で、

ぼろぼろ、ボサボサ、へろへろのうちら。

参りました。でも、無事着いてよかった。

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と、いうわけで、ゴタゴタしつつ、ポーランド上陸です。

続きはまた。

 

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旅の話(3) ヴィエリチカ

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さて、波乱万丈、ポーランドのクラクフに到着。

早朝、7時前。人の少ない駅前。

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予約しておいたホテルに早朝チェックイン。

ホテル、というか若い女性ひとりできりもりしてる

民宿?みたいな宿。ビルのワンフロアーだけど、

小奇麗にしてた。

うちら到着したときは、彼女、まだ寝てたみたいで、

枕の跡を頬につけ、ジャージ、のいでたちでチェックイン(笑)

でも、すごくキュートな女子だったので許す。

 
 
 
 
さて、早速行動開始、ということで、

クラクフ近郊の世界遺産、「ヴィエリチカ岩塩坑」ってとこに。

名前のごとく、地下深く、岩塩を掘ってできた長いトンネル。

地下の硬い岩に彫刻をほどこしてある。

それが、延々。観光コースで3.5キロ。もちろん徒歩。

ガイドツアーのみでしか見学できないので、案内を聞きながら。

なので、ざっと2時間以上かかる。

ちなみにポーランド語ガイドは、他言語のガイドより、

入場料金が安くなるし、待ち時間も短いので、

ポーランド語さっぱりわかんない人たち(=うちら)にも人気。

ほんと、ポーランドにこういう世界遺産の岩塩坑があるなんて

全然知らなくって、行ってみてよかったー。すごかった。

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坑内の教会。これも、ぜんぶ岩。

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岩のあちこちから塩が・・・・すご~い!!!

レストランも岩の中、でした。

ポーランド上陸、の初食事は!!!!

なーんと!!!

「パスタ」

・・・・って、おいっ!

  
 
 

 
さて、ここでの見学を終え、クラクフに戻りました。

で、旧市街の中とか、お城の散策。

このかわいくないドラゴンはクラクフのマスコット。

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ちなみに私の顔を覆っているのが、

ポーランドの国旗。日本の旗と色使いが同じ!

 

さて、お昼はパスタだったワタクシ。

夜こそはポーランド料理を!!と、こちら。

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これはジュレック、という、酸っぱいとんこつスープ、

みたいなもので、かなりコク深くて美味。

 
 
さて、この日にみつけた可愛いものやヘンなもの。

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ん・・・?

乗っちゃいけないエスカレーター???

たしかに動いてなかったけど・・・。どういうこと???

横に並んで乗るな、ってコト?わかんない~。

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これはヴィエリチカ岩塩坑内。

ちょっと可愛かったので、パチリ。

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これは夕食のレストランのトイレ。

○と△・・・・どっちがどっちだよっ!

結局わかんなかった(笑)

どっちがどっちだか、ご存知の方いらしたら教えてください。

で、トイレの手洗い場の鏡。

い、位置が高すぎる・・・・。

(ま、私が低い、というのもあるけど)

しかし、頭のてっぺんしか見えませんでした(泣)

どっぷり疲れたこの日。

ベッド入って3秒で爆睡、は言うまでもありません。

 

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旅の話(4) アウシュビッツ

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小学校6年生のとき、「アンネの日記」で知ったアウシュビッツの存在。

でもずっと、どこか心の中に、そんな恐ろしい話が現実ではないことを

願う気持を持ってきたけれど、とうとう行ってしまいました。

 
 
早朝、宿を出てクラクフの駅から列車へ。

クラクフから一番早い時間に現地に到着できる手段が列車。

でも、朝一番のオシフィエンチム行きは予約が必要な特急列車。

知らずに予約入れてなくてモメ、時間ぎりぎりになった、で

窓口でてんやわんやでチケットゲットし、超ダッシュでホームへ。

息も絶え絶えに私が階段を駆け上がってる間、

驚くことに、ダンナが車掌を説得して列車を待たせてくれてた。

こういうときは、イタリアみたく、遅延アタリマエ~列車って、ありがたい。

 
 
で、オシフィエンチム到着。

駅に降り立つと・・・・なーんにもない。

観光案内の看板とか、インフォとか、なにもない。

バスも当分来ないとわかり、地元の人に道を尋ねて徒歩。

 
 

アウシュビッツって、私、ずっと1箇所かと思ってたけど、

第1~第3まで、3箇所の強制収容所があったんですね。無知でした。

出発前の予習で初めて知りました。

公開されてるのは第1と第2(ビルケナウ)。

第1から行くつもりで歩いてたら、どこかで道を間違ったらしく、

気づいたら第2の、ビルケナウの、あの超有名な光景が目の前に。

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第2アウシュビッツ ビルケナウ

周囲はのどかな畑が広がり、おじさんがキャベツの手入れをしてる。

普通の、静かな田舎の風景の中の、不気味な一帯。

この前に立ったときは、鳥肌が立ちました。

「ああ、やっぱりアウシュビッツは存在したんだ・・・」

とうとうここまできてしまった。同じ人間としての嘆き。

ついつい無口になってしまう私たち。

ほとんど会話をせずに、敷地内へ。

・・・・広い。

 

 

慰霊の想いと、人が人を選別し処理する、という過ちの愚かさを、

一歩一歩に感じながら敷地をくまなく歩きました。

青すぎるこの日の空と同じ空が、当時にもあったはず。

焼却炉が足りず、この広場では遺体の野焼きが行われたそうです。

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暗い収容棟の中から、この青い空を見上げる気力や、

希望を持っていた人は、いったいどれほどいるんでしょうか。

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なにか、とてつもない大きく深い絶望が沁みこんでいる、

とでも表せばいいんでしょうか。

ほんとうに、言葉がでない、心が固まっていく感じを味わいました。

当時のことは映画や本でしか知らないし、

何に自分自身の心が固まっているのかもわからないけど、

そこにいた沢山の人々の、冷え切った息が残っていそうな、

そんな空気を味わいました。

正直に言うと、怖かった。

当時、収容されていた人たちの恐怖と絶望が、

現在の私たちに、こんなにも強く訴えかけてくるのに、

当時の、ナチス親衛隊はそれをどう受け止めていたんだろう、と。

その無機質化した人間の存在も怖かった。

 
 
 

第1アウシュビッツ

お昼も取らずに、第一アウシュビッツへシャトルバスで移動。

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ここは収容棟それぞれが博物館となっており、

1棟1棟、展示物や、当時の部屋を見ていく。

改装されていて、観光客も多く、

ビルケナウで感じたほどの、押しつぶされそうな感情を

ここに感じることは少なかったけど、

やはり収容者たちの遺品などの資料はずしん、ときた。

 

イタリア映画「ライフ・イズ・ビューティフル」で、

イタリアからも、各地の強制収容所に送られた人々がいた、と知った。

このミラノからもたくさんの人々がアウシュビッツなどの強制収容所へ

送られたらしい。

ミラノの中央駅地下からも、アウシュビッツ行きの列車が出た、という。

ミラノ中央駅21番ホームにはそのことが壁に刻まれています。

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いま、生活しているこの街に、もしかしたら生き残ったわずかな人や、

絶望と闘った人の親戚や友人たちがいる可能性は大いにある。

遠い、遠い、縁のない、離れた世界で、昔昔に起きたできごとではなく、

いまも、そのことを背負って生きている人たちと、隣り合わせにいる自分。

 

人間がこんな過ちを繰り返すことのないように、

負の遺産として、アウシュビッツはいまも存在し、公開してるのでしょう。

見学に要した時間、10時間。(歩きすぎで足、傷めました・・・苦笑)

精神的にも体力的にも、激しく消耗するところでしたが、

この先の人生、まだ長い付き合いになる(であろう)夫と行けて、

一緒に考え、語り、祈ることができたことは本当にありがたかったです。

家族ですらバラバラにされた収容所にいて、

普段の平凡な日常が、どんなに幸せなことか、を実感しました。
 
 

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旅の話(5) クラクフのゲットー地区

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さて、今年の旅では5月にアムステルダムで

「アンネ・フランクの家」に行き、

そのあとアントワープのユダヤ人居住区で宿泊し、

この7月の旅でアウシュビッツを訪れ、と、

同じテーマで繋がってました。

もともと意図したものではなく、たまたまアムスに行ったから、

ではぜひ行ってみよう、から始まり、

たまたま予約を入れてた宿がゲットーにあったり。

それで興味をもって、その時代のユダヤ人迫害の資料など

帰ってから目を通したため、アウシュビッツを訪れるのは今だ!

みたいなタイミングで旅をしたわけです。

そういうのって、見えない力で引き寄せられた気がするんです。

同じ年に、2度も旅行に行けるような休暇の取り方できたのは

主人の会社では珍しいことだったし。


 
 
さて、クラクフのゲットー地区。

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この壁で昔は外の世界と遮断されてました。

この壁の中のみでの生活を強いられてたわけです。

ここはアントワープと全く違い、現在完全に観光化されてます。

アントワープはみなしきたりどおりの髪型・服装・ひげ、で

一目でユダヤ人であるか否かわかる人ばかりでしたが、

クラクフではまったくわかりません。

伝統と誇りを重んじ、非ユダヤ社会と一線を引いた生活をしているか、

クラクフのように一般社会に同化しつつ、歴史を広く公開することで、

自分達の誇りをも多くの人に伝えるか、

所変わればさまざまですが、どちらもその「誇り」をすごく感じました。

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まずはゲットー郊外にある、プワショフ収容所跡を目指しました。

が、その収容所跡に行く道がイマイチわからず、

ゲットーで現地の人に聞き込みをしてました。

若い子はやっぱり知らなかった~。

残念。・・・いろんな意味で。

そのあと道を尋ねた中年男性は、

「いまから車で送っていくから、乗りなさい」と。

おそらく、自身が出かけようとした方向とは違うのに、

快く私達を運んでくれました。すごく嬉しかった。

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もしかしたら、推測ですが、彼自身ユダヤ人で、

彼の身内にも、あの迫害時代を生きた人がいたのかも。

ほんとうに、ありがとうございました。
 

 

そしてやっと到着したプワショフ収容所跡。

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映画「シンドラーのリスト」に登場する、あの収容所が

そこにあった、とは信じられないくらい整備され、

緑地公園になってました。

 
そしてユダヤ人墓地。

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バラバラに切り刻まれた墓石はあの当時、

ナチスによって道の一部に使われたもの。

おそらく、その労働をさせられたのもユダヤ人。

自分達のご先祖さまのお墓を切り刻んで、

道にして踏みつけるなんて、どんな苦しかったことか。

墓地やシナゴーク(ユダヤ教会)に入るには、

男性は小さな帽子を被らねばならず、

観光客用の帽子も準備されてましたよ。

「シンドラーのリスト」でも実際に使われた、

本当のシンドラーの会社の社屋も見てきました。

が、残念ながら工事中。

改装して博物館になる、とかいう話だったけど、

もう工事は終わったかしら~。

お昼はユダヤ料理。

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これ、この旅で一番の好み、一番美味しかったー。

ミラノにもユダヤ人っているはずなんですが、

ユダヤレストラン、聞かないなあ。あればいいのに。

ゲットーで売ってたお菓子。

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イスラエルからの輸入品かな。

そんなこんなで旅の最終日はゲットーで過ごしました。

もうちょっと見たりないところもあり、

クラクフはもう一度行きたいな。

ゲットーで、もうすこし地元の人とも会いたいな、と。

もちろんお料理も(笑)

クラクフで最後に食べたこのでっかいソフトクリーム。

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ちょこっとシャリシャリ入りで激ウマ。

今回のお買い物。

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ヴィエリチカの食塩とバスソルト、

ピクルス2種類、

プルーン入りのチョコ菓子。

人権とか、生きることとか、いま生きてることとか、

アタリマエと思えるものがなんと大きく、

なんと貴重なものなのか、を知る、

いい旅、でした。

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